中村橋之助 『紅翫』 一人で何役もやって見せるちょっと変わった大道芸人【今月の歌舞伎座、あの人に直撃!! 特集より】
それぞれの踊りに、役どころの違い、役者の持っている色の違いを見ていただけたら
── 「酔うた酔うた」で、怒り上戸、泣き上戸、笑い上戸を、それぞれの目かつらを着けて踊ります。視野はどのくらいになるのですか。 橋之助 だいたいお祭りで売っているお面と変わらないか、少し狭くなる感じですね。お面を着けたときの踊り方といえば、以前『大原女(おはらめ)』を踊るときに(十世坂東)三津五郎のおじさまに教わったことを思い出しますね。下を向いたり横を向いたりすると、凹凸があるので影ができて怖い顔に見えてしまうと。今回はお面が平らなものなので左右に顔を振るだけでも見え方が変わってくるんです。特に鼻から下は見えているので口元の表情は大事ですね。今回は(中村)梅彌の伯母に振りの意味などを教わっています。 ── そして次が五目踊りと言われる踊りになります。人気狂言の主役たちが登場してきますね。トップバッターは(『一谷嫩軍記』の)熊谷直実です。 橋之助 まず馬に乗った熊谷が「おおいおおい」と平敦盛に声をかける様子を見せて、その「おおいおおい」という浄瑠璃つながりで、熊谷が今度は(『仮名手本忠臣蔵』五段目の)斧定九郎になります。 ── 「おおいおおい親父殿」と定九郎が与市兵衛の金を狙って声をかけるところにかぶせているわけですね。(現在は稲藁の奥からいきなり与市兵衛を刺し殺す場合が多い。) 橋之助 そうです。その定九郎がくるりと回ると与市兵衛に変わる。ここは仕方噺っぽく踊ります。 ── 一瞬で若い浪人から老人へと体つきが変わります。こしらえも何も変わらないのに、次々と早替りを見ているような。 橋之助 このあたりはもう体が自然に動きますね。ここからは定九郎、ここからは与市兵衛……と考えながらやっていたら遅くなるので、句読点を打つ感覚で切り替えて踊ります。 ── その後は三番叟に。 橋之助 メドレーですよね。お客様を飽きさせない工夫だったんだろうなと思います。そして「愛しそなたを手にかけて」の浄瑠璃で『明烏夢泡雪(あけがらすゆめのあわゆき)』になったかと思えば、(『伽羅先代萩』の)千松になって「ままはまだかや」「一年待てどもまだ見えぬ」で「まま炊き」の場の政岡、そして「まだ見えぬ」つながりで(『吉田屋』の)夕霧になります。 ── 「まだ見えぬ」の対象が千松から夕霧の恋人の伊左衛門に瞬時に変わる、そのギャップが楽しすぎです。 橋之助 伯母に言われたのは、政岡のとき、どっちに誰がいてどっちにまま炊きの道具があるのかを意識しなさいと。政岡は片外しという役柄で夕霧は傾城ですから、同じ女方の役柄でも真逆です。ここの句読点は特に意識しますね。フェイドイン、フェイドアウトにならないようにと。 ── そして(『伊賀越道中双六』の)『沼津』の十兵衛になったり平作になったり。 橋之助 その後は『喜撰』ですね。「お泊りならば泊らんせ お風呂もどんどと湧いている さアやあとこせ よんやな」と続きます。「ここはあの踊りのあそこだな」と見つけられたら面白いですよね。もしかしたらもっと細かく見ていけば、他の詞章や振りにも何か引用されているものがあるかもしれませんが、今に伝わっているのはそんなところでしょうか。詞すべてに意味を持たせているわけでもないですし。 ── 「別れせわしき 明烏 成駒屋」で頬かむりしていた手ぬぐいをねじって頭に乗せますね。 橋之助 あれは(中村)児太郎の兄の紋にもなっている「ふくら雀(児太郎雀)」を意味しています。 ── 鵜とか烏とか雀とか、鳥の名前もあれこれ織り込まれているような気がしますが……。 橋之助 うーんそこはたまたまかな、どうなんだろう。 ── 踊り手としてはどこが肝だなと感じますか。 橋之助 なんて言いますか、しっかりと踊り込むというよりは、いかに自分自身が楽しく踊れるかでしょうか。大道芸人として、その場にいる人々を楽しませるだけでなく自分自身も心から楽しめるように、足の運び方、重心の乗せ方ひとつ、お稽古の段階でしっかりと詰めておきたいと思います。舞台に行くと、ひとつ不安になるとその後引きずってしまうこともあるので、そうならないように。まずは準備をきちんとしておきたいですね。きっと他の皆さんもそれぞれの役としての人間関係を含めて踊ってくださると思うので、役どころの違い、役者の持っている色の違いを見ていただけたらと思います。