ヤマザキマリ「感情を揺さぶられたくない」から恋愛を避けて映画はネタバレを求める若者たち。これからは笑いに愚痴に忙しい「中年以上の女性」が司る社会になるのかも
80代の男性と「感情」に関する話をしたというマリさん。男性は感情によるエネルギー消費を避ける傾向にあるのに、対して女性は――。(文・写真=ヤマザキマリ) 【写真】マリさん撮影「愛をささやき合う恋人たち」 * * * * * * * ◆感情というエネルギー ある80代の男性の友人曰く、「男は年齢を重ねるごとに性格がどんどん丸くなっていく」ものであり、「気に食わないことがあればがむしゃらに刃向かっていたような若い頃にはもう戻れないし、戻りたいとも思わない」のだそうだ。 たとえば、妻の言動に若干の不条理を感じたとしても、それに対して意見を口にしたり争ったりすることはない。黙って言い分を受け入れ、従ってさえいれば、自分の心も生活も穏やかになる。不平不満を言うようなエネルギーの浪費は避けるに越したことはない。 さらに不平不満のような負の感情のみではなく、素敵な人との出会いがあっても、「恋愛感情も疲れる」ので極力避ける。それこそ妻に勘ぐられたりしたらとんでもなく面倒なことになるし、平穏無事に人生を締めくくるためには、妻の機嫌の維持を何よりも優先。 ピカソやベルルスコーニやアル・パチーノのように、年配になっても恋愛力を稼働できる男たちの体力や精神力は非凡な例なのだそうだ。
◆女性の場合 そう言われてみると、確かに私の周りの年配女性で、感情のメンテナンスを面倒そうにしている人はあまり思い浮かばない。 還暦を過ぎ、古希を過ぎても、気に食わないことがあれば大いに腹をたて、誰がどうしたこうしたという噂話や批判にも余念がない。タレントでも俳優でも気になる対象が現れれば、少女のように大いに胸をときめかせ、コンサートや舞台といった場所にも精力的に足を運ぶ。 いくつになってもエモーショナルを求めてエネルギーを費やせる女性を前に、男性はますます感情に制限をかけるようになっていくのかもしれない。
◆古代のシャーマンのように しかし、こうした感情抑制の傾向は、実は高齢の男性に限ったことではない。 恋愛のような感情はエネルギーを浪費するので、できれば避けて通りたいと思っている若者は少なくないという。振られたときの自己回復力に自信がないから、というのも理由らしい。このままいけば、結婚や出産への意識も萎えて、少子化はさらに加速の一途をたどることになるだろう。 たとえば映画にしても、前もってネタバレサイトで全容をすべて把握してから観に行く若者が増えているという。あらかじめ心の準備や覚悟をせぬまま、唐突にさまざまな感情の起伏を煽られると、その対処に困るから、ということらしい。 20代30代にして、感情に対する向き合い方が、先述した80代の男性とそれほど変わらないことに驚かされる。 古代ギリシャでは、人々の精神性を豊かに鍛えることこそが成熟した文明社会の礎になるとしていた。各都市に設けられた劇場では、演劇祭のシーズンは無料で喜劇や悲劇が民衆のために開放されていたが、そんな政策は現代の若者にはとうてい受け入れられないだろう。 感情を使いたくない若者が増えていくことに対して漠然とした不安を抱く一方で、笑いに愚痴に忙しい中年以上の女性たちを見ていると、どんな感情の起伏にも恐れず向き合える彼女たちが、古代のシャーマンのように社会を司る社会になっていくのかもしれない。 そんな予感が脳裏を過ぎる今日この頃だ。
ヤマザキマリ
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