年金繰り下げは「後悔する」といわれる理由 年金額の違いと税金への影響とは
5.年金繰り下げは本当に後悔するのか? 筆者の知る体験談
筆者が聞いたことがある範囲で紹介します。 (1)【失敗談】繰り下げ受給開始直後の死亡 公的な老齢年金は「長生きによる資産枯渇リスクに備える保険」ですので「失敗談」といえるかは微妙ですが、「せっかく繰り下げたのに、受給開始の数年後に亡くなってしまった」というケースがありました。 前述のとおり、繰り下げ受給のいわば損益分岐点は「12年」です。「繰り下げない方がよかったのかも」と残された家族はつぶやいていました。しかしながら、寿命は予知できません。あくまでも結果論です。 (2)【成功談】繰り下げなかったら「ゆとり」が減っていた 繰り返しますが、公的な老齢年金は「長生きによる資産枯渇リスクに備える保険」です。用意周到に準備して計画的に繰り下げ受給した人、年金なしでも生活できたため結果的に繰り下げ受給できた人は、繰り下げなかった場合に比べ、長生きによる資産枯渇リスクを確実に軽減できます。 筆者が知る限り、総じて「繰り下げ受給開始後、暮らしのゆとりが格段に増えた」「繰り下げずに年金が今よりも少なかったら、ゆとりのない暮らしが続いていただろう」という声が多く、なかには「繰り下げ後は家計の収支均衡を実現できた(資産の取り崩しが止まった)」「将来入居する施設をワンランク上げられるかも」とおっしゃる人もいました。
6.年金繰り下げで損をしないために 判断するポイント
65歳で老齢年金を請求しなければ、自動的に繰り下げ待機状態になります。繰り下げ受給を事前に決めておく必要はありませんが、今のうちに確認しておきたいポイントや、65歳が近づいたら確認したいポイント、最終的に判断するポイントを以下に紹介します。 (1)加給年金 前述のとおり、加給年金を受け取れそうな人にとって、加給年金は重要な判断ポイントの一つです。日本年金機構のWebサイトなどを参照し、「期間(いつからいつまでの何カ月分か)」と「総額(合計いくらくらいか)」を調べておきましょう。自分で大まかに計算してもよいですし、不安であれば年金事務所などの窓口で確認してもらえます。 受け取り方を工夫するのも大事です。例えば「老齢厚生年金と加給年金を65歳から受け取り始め、老齢基礎年金のみ可能な限り繰り下げる」という受け取り方があります。 夫婦の年齢差が大きければ(加えて、65歳時点で未成年の子どもがいれば)、受給総額を最大化できる可能性があるという意味で有利な選択です。一方、年齢差が小さければ、「加給年金は諦め、老齢厚生年金も老齢基礎年金もできるだけ繰り下げる」方が有利になります。 「夫婦の年齢差(月単位です)」「想定寿命」「何カ月繰り下げるか」の組み合わせによって、有利と不利の分岐点、有利の程度(受給総額の差)が異なってくるため、「加給年金を受け取れそうだから、老齢厚生年金は繰り下げない」と決めつけず、夫婦の状況を基に計算してみましょう。 また、同い年の夫婦でも、加給年金の受給要件を満たせば1カ月分~数カ月分の加給年金を受け取れます。短期間の場合、受け取り見込み額を1年分(年額)と間違えないよう注意しましょう(参照:加給年金額と振替加算|日本年金機構 https://www.nenkin.go.jp/service/jukyu/roureinenkin/kakyu-hurikae/20150401.html)。 (2)特定健康保険組合 健康保険組合に加入している人は、その組合が「特定健康保険組合」かどうか(言い換えると「特例退職者医療制度」がある組合かどうか)を、組合のウェブサイトで確認しておきましょう。 特定健康保険組合(特例退職者医療制度がある組合)であれば、退職後も老齢厚生年金の受給開始後75歳になるまで、つまり後期高齢者医療制度に移るまでの期間、その組合に加入できます。 付加給付の水準、人間ドック事業の内容など、その組合に魅力がある場合、「老齢厚生年金を繰り下げて年金額を増やす」よりも「老齢厚生年金は繰り下げず、75歳になるまでは健康保険組合に加入して、世帯の公的医療保険料や民間の保険料、医療費の自己負担を抑える方が安心」という判断もできます。 (3)65歳以降の働き方 65歳以降も厚生年金保険に加入する形で働くつもりの人は、賃金(給与・賞与)と老齢厚生年金(報酬比例部分)の合計額が一定の水準を超えて年金減額の対象になりそうかどうか、日本年金機構のウェブサイトなどを参照して計算してみましょう。 ただし、計算式で用いる「一定の水準」は毎年度見直されるため(2024年度は50万円)、あくまでも現時点での試算です。また、在職老齢年金制度の存続自体が年金制度改正の議論の一つとなっており、将来廃止される(高賃金でも年金を減らされなくなる)かもしれません。 65歳までにまだ何年もある人は、ひとまず様子見でもよいでしょう(参照:在職老齢年金の計算方法|日本年金機構 https://www.nenkin.go.jp/service/jukyu/roureinenkin/zaishoku/20150401-01.html)。 (4)65歳時点の健康状態 医療費や介護費の自己負担割合は、原則として年収の多寡に応じて決まります。年金の繰り下げ増額が原因となって年収が一定の水準を超え、自己負担割合が増えてしまう場合(2割負担のはずが3割負担になったなど)、繰り下げなかった場合に比べて自己負担額は大きくなります(高額療養費、健康保険組合の付加給付の範囲において)。 65歳時点ですでに高額の医療費が継続的に発生していて、かつ金融資産に余裕がないなどの場合は、繰り下げ受給は慎重に判断しましょう。65歳までにまだ何年もある人は、こちらもひとまず模様眺めでよいかもしれません。 (5)最終的にはキャッシュフロー表で判断 最終的な判断には「キャッシュフロー表」が有用です。キャッシュフロー表とは、今後の収入と支出を年単位で予想して金融資産残高の変化を推計する「家計予想年表」のことです。 キャッシュフロー表の作成は、想定寿命まで金融資産が枯渇しないかどうか推計できるだけでなく、施設入居費用など予想に入れていない出費への対応力判断にも役立ちます。 繰り下げ受給のパターンを複数設定し(老齢基礎年金と老齢厚生年金の受給開始時期を複数設定)、繰り下げない場合を加えて、すべてのパターンを比較して金融資産残高の変化が最も好ましいもの(残高がマイナスになる年やゼロに近づく年がなく、長めの想定寿命でもある程度の残高が残りそうなパターン)を選びます。 キャッシュフロー表の作り方は、以下の関連記事の「2.早期リタイアへ向けた準備 必要資金の計算方法」を参考にしてください。自力では難しい場合、ファイナンシャルプランナー(「ライフプラン」「老後・年金」分野に強く、金融商品販売に該当しないCFP認定者など)を探し、有料で作成してもらいましょう。 CFP認定者は、日本FP協会の検索システム(https://www.jafp.or.jp/confer/search/cfp/)で検索できます。 <関連記事> ・早期リタイアに必要な資金とは 準備内容や失敗しないための対策も解説(https://www.asahi.com/relife/article/15106902)