年金繰り下げは「後悔する」といわれる理由 年金額の違いと税金への影響とは
4.年金繰り下げによる社会保険料や税金への影響
続いて、年金繰り下げによる社会保険料や税金への影響についても見ていきます。 結論を先にお伝えしてしまうと「社会保険料や税金については、繰り下げ受給で増えた年金のぶん納付する額も増えることが多いが、いわゆる年収の壁のように一定の額を超えて負担が急増するようなことはない」といえるでしょう。一方で、医療費や介護費には影響する可能性があります。 ここでは、年金繰り下げが後期高齢者医療保険料・介護保険料・所得税・住民税といった社会保険料や税金に及ぼす影響と、医療費や介護費の考え方について詳しく解説します。 なお、単純化のため「70代後半以上、単身世帯、収入は年金のみ」の人を想定します。所得税の仕組みは全国一律ですが、所得税以外の仕組みは自治体ごとに異なる点に留意してください(以下の例は、2024年度、関東地方某市の場合です。また、特例措置などは考慮しません)。 (1)後期高齢者医療保険料の負担増を過度に心配する必要はない 公的医療保険は、75歳から全員が後期高齢者医療保険に移ります。後期高齢者医療保険料には、内訳として所得割(所得に応じてかかる)と均等割(全員一律)があります。 ●所得割 =(総所得金額※ - 基礎控除43万円)× 9.11% ※総所得金額(収入が330万円以下の年金のみの場合)= 年金収入 - 公的年金等控除110万円 上の2行から「年金収入が153万円以下の場合、所得割はかからない」ことがわかります(年金収入153万円 - 公的年金等控除110万円 - 基礎控除43万円 = 0)。 ●保険料 = 均等割4万3,800円 + 所得割 ●保険料は73万円が上限 ●均等割の額、所得割の率は2年ごとに改定 まとめると、「後期高齢者医療保険料は、年金収入が153万円以下の場合、定額の均等割のみ。153万円を超えると所得割もかかる。所得割の増え方は定率なので、いわゆる年収の壁のようなものはない。したがって、繰り下げ受給による負担増を過度に心配する必要はない」といえます。 (2)65歳以上の介護保険料は負担増を予想しづらい 65歳以上の介護保険料は、定額や定率ではなく、所得などに応じた多段階方式です。関東地方某市の場合、2024~2026年度は14段階で、住民税非課税であれば第1段階(2万500円)から第5段階(7万3,220円)のいずれかに、住民税が課税される場合は第6段階(8万4,940円)から第14段階(17万5,770円)のいずれかに区分されます。 ちなみに住民税が非課税となる要件は、収入が年金のみの場合、151万5,000円以下が目安です(65歳以上、税法上の扶養親族なしとして)。市町村ごとに異なるため、お住まいの市町村のウェブサイトを確認してください。 「介護保険料の負担は十数段ある階段のイメージ。段数や高さなど、階段の形は市町村によって、年度によって異なる。本人の所得だけでなく世帯の構成や市町村の状況にも左右されるため、繰り下げ受給による負担増を予想しづらい」といえます。 (3)所得税の負担増を過度に心配する必要はない 医療保険料、介護保険料、住民税と大きく異なる所得税の特徴は、所得が高いほど税率が段階的に高くなる点です。この仕組みは累進課税といい、税率は5~45%の7段階あります。 ●課税される所得金額※が195万円未満の年の税率は5% ●195万円以上330万円未満なら税率10% + 控除額97,500円 ※課税所得金額は、収入が330万円以下の年金のみで税法上の扶養親族がいない場合、「年金収入 - 公的年金等控除110万円 - 基礎控除48万円 - 社会保険料控除」です(社会保険料控除は「医療保険料 + 介護保険料」などの額)。 例えば年金収入が100万円の場合、公的年金等控除110万円を引いた段階で課税所得金額がゼロとなるため、所得税はかかりません。 一方、年金収入が多い場合、累進課税によって所得税の税率の境界で負担感が大きく変わると予想しますが、本当でしょうか。所得税率5%と10%の境目を例に計算してみましょう。 【年金収入373万円の場合】 ■社会保険料控除 10万円(医療保険料 + 介護保険料)と仮定 ■課税所得金額 194万2,500円 (年金収入373万円 - 公的年金等控除120万7,500円 - 基礎控除48万円 - 社会保険料控除10万円) ■所得税率5%(課税所得金額195万円未満のため) ■控除額 なし ■所得税額 9万7,125円※端数処理前 (課税所得金額194万2,500円 × 所得税率5%) 【年金収入374万円の場合】 ■社会保険料控除 10万円(医療保険料 + 介護保険料)と仮定 ■課税所得金額 195万円 (年金収入374万円 - 公的年金等控除121万円 - 基礎控除48万円 - 社会保険料控除10万円) ■所得税率10%(課税所得金額195万円以上330万円未満に該当するため) ■控除額 9万7,500円 ■所得税額 9万7,500円 (課税所得金額195万円 × 所得税率10% - 控除額9万7,500円) 一定の条件の下で所得税率が5%から10%に変わる境目を例に計算すると、税額はわずかに増えるだけ、ということを確認できました。 「所得税の負担は、所得の多寡におおむね比例して決まる。年金の増減によって適用される税率(5%か10%か)が変化しても、納める税額が激変することはない。したがって、繰り下げ受給による負担増を過度に心配する必要はない」といえます。 (4)住民税も負担増を過度に心配する必要はない 住民税には内訳として均等割、所得割などがあり、均等割は定額(5,000円前後。市町村による)、所得割の税率は10%定率です。詳細は割愛しますが、「住民税の負担も、所得の多寡におおむね比例して決まる。したがって、繰り下げ受給による負担増を過度に心配する必要はない」といえます。 (5)医療費と介護費には大きく影響し得るが予想や試算は困難 最後に、75歳以上の医療費と介護費の自己負担割合、高額療養費などについて触れます。老後の家計への影響が、社会保険料や税金よりも大きくなる可能性がありながら、事前の予想や試算が困難な支出の一つです。 ①75歳以上の医療費の自己負担割合 外来や入院でかかる医療費のうち、患者が支払う額の割合のことを「自己負担割合」といいます。50代以上の人は、2003年に会社員本人の自己負担割合が2割から3割に引き上げられ、病院代が1.5倍になった衝撃を覚えているかもしれません。 現在、75歳以上の医療費の自己負担割合は次のとおりです。 ●課税所得28万円未満は1割負担(一般・低所得者) ●28万円以上145万円未満は2割負担(一定所得)※ ●145万円以上は3割負担(現役並み) ※2022年10月、一般所得者のうち一定以上の所得がある人が2割負担になりました。 「75歳以上の医療費の自己負担割合は、課税所得28万円と145万円の二つの境界がある」といえます。 収入が年金のみの単身世帯で、社会保険料控除を仮に10万円(医療保険料 + 介護保険料)とすると、課税される所得金額が145万円となる年金収入は313万円です(年金収入313万円 - 公的年金等控除110万円 - 基礎控除48万円 - 社会保険料控除10万円 = 課税所得金額145万円)。 社会保険料控除の額などの前提条件によって変動しますが、「年金収入313万円前後に、自己負担割合2割と3割の境界がありそう」といえるでしょう。 もっとも、3割負担の対象者を拡大させる議論が今後本格化し、将来は「現役並み」判断基準の見直し(課税所得145万円基準の引き下げなど)が予想されることから、年金の繰り下げ受給を課税所得145万円ぎりぎりになるように計画したとしても、結果としては無意味な作業になってしまうかもしれません。はじめから「老後も現役並みの3割負担を想定しておく」のも一つの考え方です。 ②70歳以上の高額療養費 入院などの経験があればご存じのとおり、月ごとの医療費の自己負担が一定の額(高額療養費といいます)を超えると、超過分は後日払い戻してもらえます。 高額療養費は課税所得に応じて6段階あり、それぞれの額がその人(世帯)の月ごとの実質的な(払い戻し後の)自己負担額の上限です(高額療養費 = 月ごとの医療費の実質的な上限)。 70歳以上の高額療養費は、「住民税非課税等」「一般」「現役並み」に区分され、住民税非課税でなければ次の二つのいずれかに該当する人が多いと思われます。 ●課税所得145万円未満の「一般」 ●課税所得145万円以上380万円未満の「現役並み」 月ごとの医療費の上限(高額療養費)は、「課税所得145万円未満」の場合「5万7,600円」(単身世帯の人が月初に入院し、月末に退院したなどの場合、医療費の実質的な自己負担は最高でも5万7,600円、という意味)です。 一方、「課税所得145万円以上380万円未満」の場合は計算が必要で「80,100円 +(医療費 - 26万7,000円)× 1%」の額となります。 「70歳以上の高額療養費は、(75歳以上の医療費の自己負担割合と同様)課税所得145万円に境界がある」といえます。医療費が比較的低額な月は「自己負担割合」が重要で、医療費が高額な月は、自己負担の上限である「高額療養費」が重要です。 ③介護保険サービスの利用者負担 要支援や要介護に認定されて介護保険サービスを利用する場合、所得に応じて介護費の自己負担割合(1割、2割、3割)が決められます。 居宅サービスの支給限度額(1~3割の自己負担で利用できるサービスの量)など、内容は市町村によって異なり、また、予想や試算が医療費よりもさらに困難であることから、詳細は割愛します。 気になる人は、市町村のウェブサイトで確認してください。