「絶対にみんな喜んで死んでゆくと信じてもらいたい」…特攻に選ばれた若者たちが見せた「出撃前夜」の「あまりに異様な様相」
出撃してゆく搭乗員の「夜の顔」
暗闇の坂道を登って、椰子の葉を葺いた掘っ立て小屋のような搭乗員宿舎の入口に近づいたとき、突然、飛び出してきた者に大手を広げて止められた。 「ここは士官の来るところではありません」 声の主は、倉田信高上飛曹であった。真珠湾攻撃以来歴戦のベテランで、角田の前任地の厚木海軍航空隊では、直属の部下だった搭乗員である。 「なんだ、倉田じゃないか。どうしたんだ」 角田の声に倉田も気づいて、 「あっ、分隊士(角田の職名)ですか。分隊士ならいいんですが、士官が来たら止めるようにといわれ、ここで番をしていたものですから」 士官に搭乗員室を見せたくないのだという。ドアを開けてみると、電灯もなく、廃油を灯した空缶が3、4個置かれているだけの薄暗い部屋の正面に、ポツンと10名ばかりが土間に敷いた板の上であぐらをかいているのが見えた。無表情のままこちらを見つめる目に、角田はふと鬼気迫るものを感じた。 倉田上飛曹によると、正面にあぐらをかいているのは特攻隊員で、隅にかたまっているのはその他の搭乗員だという。 その日、喜び勇んで出撃していった搭乗員たちも、昨夜はこのようであった、目をつぶるのが怖くて、ほんとうに眠くなるまであのように起きている。他の搭乗員も遠慮して、ああして一緒に起きている、との説明であった。 しかし、こんな姿は士官には見せられない。特に飛行長には、絶対にみんな喜んで死んでゆくと信じてもらいたい。だから、朝起きて飛行場に行くときは、みんな明るく朗らかになりますよ――。 角田はこのとき、倉田上飛曹に、どうしてこのようにしてまで中島飛行長に義理立てするのかと問うた。 「それは、特攻隊編成の際、隊長の人選が大西長官の思いどおりにいかず、新任で新妻のある関大尉を選出したことで長官の怒りに触れ、他の飛行隊長は全員、搭乗配置を取り上げられたという噂があるのです。それで、二〇一空の下士官兵は、自分たちだけでも喜んで死んでやらなければ、間に立たされた司令や副長、飛行長がかわいそうだと思っているらしいのです」 というのが、倉田の答えだった。 割り切れない思いを胸に、角田と畑井中尉はまたトボトボと坂道を下り、明るい士官室へと引き返した。角田は、 「今日のあの悠々たる態度、嬉々とした笑顔。あれが作られたものであるなら、彼らはいかなる名優にも劣らない。しかし、昼の顔も夜の顔も、どちらも真実であったかもしれません」 と回想する。