ジリ貧だったパ・リーグ球団が見出した活路、「巨人一強ビジネスモデル」を超えた「地域密着型」の球団経営
技術的には、千葉ロッテは、ファンクラブの拡大、獲得のためにカスタマー・リレーションシップ・マネジメント(CRM)というシステムを導入した。 CRMは当初、金融機関が顧客を獲得、維持するために導入されたが、その核心は顧客を個人レベルで管理し、適切に情報発信して行動を促すというものだった。 千葉ロッテの公式ファンクラブ「TEAM26」の会員は、スタジアム来場時や飲食・グッズ購入時に「Mポイント」を貯め、それをチケットやグッズとの交換に利用することができるようにした。球団側は、このシステムを導入することで個々の顧客の購買頻度や購買パターンを把握することができるようになった。 これによって顧客が観戦した試合の勝敗、誕生日の顧客への特別サービスの告知、顧客が好きな選手の情報なども個別で発信、きわめて緻密なマーケティングが可能になった。 これが可能だったのは、21世紀以降、スマートフォンが急速に普及し、多くの顧客と球団が、媒体を介さずに直接つながることができるようになったことが大きい。 ■ ホークスが成功させた「地域密着マーケティング」 もう一つ、忘れてはならないのは、ダイエー、ソフトバンク「ホークス」の地域密着マーケティングだ。 前述のように1989年、南海電鉄は、南海ホークスをダイエーグループに売却。ダイエーは本拠地を大阪から福岡へと移転させた。 福岡ダイエーホークスは、グループの「福岡3点事業」(福岡ダイエーホークス、福岡ドーム、ホークスタウン)の中核をなす事業だった。 ホークスは根本陸夫監督の下で有力選手を獲得し、チームを強化していった。根本陸夫は王貞治を監督に招聘することで、盤石の体制を作った。
一方、事業面ではリクルート出身の高塚猛氏(故人)が、地元九州に徹底的に密着したマーケティングを展開した。高塚氏は福岡ダイエーホークスのロゴマーク、キャラクターなどの使用料を無償にした。本来、ライセンスビジネスはプロ野球のような人気商売では大きな収入源になるが、これをあえてライセンスフリーにした。これは極めて大胆な施策だったが、これによって「ホークス」のロゴ、キャラクターは本拠地を中心に一気に拡散した(現在のホークスはライセンスフリーではない)。 さらに「九州のホークス」を大々的にアピールした。従来、福岡県は「西鉄ライオンズ」のフランチャイズであり、ライオンズ色が残っていたが、高塚氏はこれを払しょくしただけでなく「福岡のホークス」を「九州全域のホークス」へと拡大させた。熊本出身の松中信彦、長崎出身の城島健司、福岡出身の柴原洋、鹿児島出身の川﨑宗則など九州出身のスター選手の登場もあって「九州のホークス」のイメージは急速に広がった。 従来のプロ野球もフランチャイズ制を敷き、特定の都道府県を「保護地域」として独占的にビジネスを行っていたが、それは徹底的なエリアマーケティングではなく他球団を排除するためのものだった。しかしホークスは、スーパーマーケットビジネスで鍛えたマーケティング力で、九州全域に支持を広げていったのだ。 ダイエーは2004年に経営破綻し、ソフトバンクが経営を引き継いだが、ソフトバンクは九州エリア全域をマーケットとする戦略をさらに強化した。 多くのNPB球団が春季キャンプを温暖な沖縄県に移転する中、ホークスは今も宮崎市でキャンプを続けている。「九州のホークス」を印象付けるためだ。またこの春季キャンプでは、メイングラウンドの一部を指定席にしているが、これは自由席にすると地元宮崎市民が席を独占してしまうからだ。九州の他県から来る人の分の席を確保するため指定席を販売しているのだ(指定席代金は、地元物産品などですべて還元している)。こうしたきめ細かな配慮で、今やホークスは九州で圧倒的な支持を得ている。 ■ ホークスの成功を手本に このホークスの成功を目にしたことで、2003年、日本ハムファイターズは巨人と共有していた東京ドームを離れて札幌ドームに本拠を移し、北海道の地で再生を試みたのだ。 札幌ドームを本拠としたファイターズは、北海道各地で公式戦を行うなどして「道民のファイターズ」をアピールしてきた。 現在、公式戦は北広島市のエスコンフィールドHOKKAIDOだけで行っているが、地域住民を招待した「○○町民デー」のようなイベントを頻繁に行っている。 こうした新たな動きは、ロッテ、ダイエー(ソフトバンク)、日本ハムと、すべてパ・リーグ球団から起こったことに注目すべきだろう。「巨人一強」の恩恵を元々受けていないパ・リーグ球団に、優秀な経営者が登場し「球界再編」を機に、彼らのビジネスが花開いたのだ。 こうした地域密着型、リピーター獲得型のビジネスが、12球団に広がったのは言うまでもないことである。
広尾 晃