「何も無いところから宇宙が生まれた」って言うけど、一体どういうこと…第一級の物理学者がわかりやすく解説
真空のエネルギーはまるで「ゴム」?
このことは、真空のエネルギーがある宇宙を、ゴムのようなものと考えるとわかりやすいでしょう。ゴムが引き伸ばされると、ゴムの中の縮もうとするエネルギーが増加しますね。これと同じように、宇宙が引き伸ばされる(膨張する)と、宇宙の中の真空のエネルギーも収縮しようとして増加するのです。つまり、宇宙が膨張すること自体が真空のエネルギーを増加させるのです(図「引き伸ばされると真空のエネルギーは増加する」)。 真空のエネルギーがどこから生まれるのかは、重力の「ポテンシャルエネルギー」という言葉でも説明できます。 たとえば、太陽の近くに小さな粒子を置いたと想像してみてください。最初、止まっていた粒子は、やがて重力によってどんどん加速しながら太陽に向かって落ちていくはずですね。 これを「ポテンシャルエネルギー」という言葉を使って説明しますと、最初の状態の粒子は、止まっているだけなので何もしていないように見えますが、実はポテンシャルエネルギーの量はこのときが最大です。ところが、落下して太陽との距離が縮まるにつれて、どんどん粒子のポテンシャルエネルギーは小さくなっていき、かわりに、もともとの状態ではゼロだった粒子の運動エネルギーが、太陽に向かって落下するうちに加速して、どんどん増加していくわけです。 これは一見、何もないところから運動エネルギーが生まれたようにも思えますが、実は粒子が太陽に引っ張られるエネルギー、つまり粒子のポテンシャルエネルギーが、運動エネルギーに転換されたのです。 インフレーションによって宇宙空間が急激な膨張をしているときも、これと同様です。膨張とは、ポテンシャルエネルギーで見れば落下しているのと同じ状態なのです。最初に生まれたときは、宇宙空間のポテンシャルエネルギーは最大です。ところが、落下するように膨張することでポテンシャルエネルギーは小さくなり、かわりに、まるで「無」から生まれたように真空のエネルギーがどんどん大きくなります。その真空のエネルギーが、相転移のときに潜熱となって熱エネルギーに変わり、宇宙は火の玉になるわけです。これが、エネルギーの動きから見たインフレーション理論です。 ですから本当に、ほとんど無のような状態からエネルギーをつくっているというメカニズムになっているわけです。 ここまで見てきたようにインフレーション理論は、従来あったビッグバンモデルの問題点をいくつも解決しました。そのため現在では、宇宙初期を考えるときの標準的なパラダイムになっています。「パラダイム」とは、完全に証明されたわけではないけれども、ひとつの学問分野として研究者たちがそれを信じて、研究を進めているものと理解していただければよいと思います。