「何も無いところから宇宙が生まれた」って言うけど、一体どういうこと…第一級の物理学者がわかりやすく解説
ここで「トンネル効果」が登場!
読者のみなさんの多くは、江崎玲於奈先生が1973年にノーベル賞を受賞したことを知っていると思います。受賞の理由は、「トンネル効果」の発見でした。トンネル効果とは、電子が本来は通過することができないはずのところを、ある確率で通過することができるという現象です。 図「トンネル効果による無からの宇宙創生」を見てください。
図:トンネル効果による無からの宇宙創生
この図で原点(“無”の状態)の場所にボールがあり、その隣に小さな山があるとすると、通常、ボールは山に阻まれて右側に行くことはできないため、永遠に原点でじっとしていると考えられます。ところが、量子論に従うと、ボールは同じ場所でじっと静止していることはありません。必ずこの場でゆらいでいます。振動をしているのです。原点は“無”の状態ですからボールはエネルギーも持たない点のはずですが、量子論では点にもゆらぎがあるのです。とは言っても、それは小さな振動であり、右側の山を乗り越えるようなことはありません。 しかし、量子論には「トンネル効果」という現象があって、ボールがあたかも自分で山の中にトンネルを掘ったかのように、山の向こう側(点L)にポッと現れることがあるのです。それはとても小さな確率ではありますが、そういうことが起こりえるのです。そして、もしトンネル効果によっていったん山の右側に現れれば、ボールはそこから斜面を急激に転げ落ちていきます。 ビレンケンは、これと同じことを宇宙に当てはめて考えたのです。 図「トンネル効果による無からの宇宙創生」で、縦軸はボールの大きさを決めるポテンシャルエネルギーとします。横軸は宇宙の大きさです。つまり、原点は宇宙の大きさもエネルギーもゼロ、“無”の状態です。それがトンネル効果によって、非常に小さいながらもある確率で、ポッと山を越すようにして、限りなくゼロに近いものの有限の大きさを持ってLに現れるのです。現れてしまえば、あとは斜面を転げ落ちるように、宇宙はどんどん大きくなっていくというのです。 なお、ここではあまり詳しく説明できませんが、トンネル効果によって宇宙が現れるまでは数学的には「虚数」の時間で表されます。非常に小さいながらも宇宙が有限の大きさを持って現れてからは、私たちが現在使っているのと同様の実時間で表されます。 少し荒っぽい説明ですが、これがビレンケンの理論の概要です。 このように、量子論で考えるならば宇宙は「無から創る」ことが可能であり、実は宇宙が急激に膨張することが、トンネル効果の説明で示した坂道を転げ落ちることに対応しているのです。さきほどインフレーションとはポテンシャルエネルギーが落下していくようなものだと話しましたが、まさに坂道を転げ落ちているわけです。「宇宙は膨張しているのに落下しているとはどういうことだ?」と思われるかもしれませんが、アインシュタイン方程式から見ると、膨張とは、まさにポテンシャルの坂を落下するような状態と思っていただいてよいのです。 * * * さらに「インフレーション宇宙論」シリーズの連載記事では、宇宙物理学の最前線を紹介していく。
佐藤勝彦