「何も無いところから宇宙が生まれた」って言うけど、一体どういうこと…第一級の物理学者がわかりやすく解説
ほんとうに宇宙は「無」から始まったのか
これまで、私たちの住む宇宙が、どのようにして現在のように巨大になったのかということを、インフレーション理論を用いて説明してきました。しかし、こうした話は少なくとも、もともと時空(=宇宙)というものがあったことが前提になっています。たとえどんなに小さくても、最初に時空がなければ、宇宙の膨張という話もできないわけです。 では、「その時空はどのようにしてできたのだ」と問われたら、どう答えればよいのでしょうか。「私たちの宇宙はお母さんの宇宙から生まれ、お母さんの宇宙はおばあさんの宇宙から生まれて…」と答えても、無限に続いていくだけで、質問に答えたことにはなりません。時空の、宇宙のそもそもの起源について、われわれは物理学者として語らなければならないのです。 この問いについて私は、インフレーション理論を創って2年目くらいの時期に、友人であるアレキサンダー・ビレンケンと議論をしたことがあります。彼が語ったのは、「無からの宇宙創生」という考えでした。のちに彼は、“Creation of universes from nothing” と題した論文を書きました。つまり、「宇宙は無(nothing)からできた」というわけです。 ただし、彼の言う「無」とは、われわれが考えがちな、宇宙空間に物質が何もない状態という意味の無ではありません。「時間も空間もエネルギーもない状態」のことです。その、宇宙創生前のまったくの無の状態から、量子重力理論という考え方を使えば、ある有限の大きさを持った宇宙がポッと生まれるというのです。
ドゴン族に伝わる民話
無から宇宙ができたという考え方は、世界の民話の中にも見られます。サハラ砂漠に住んでいるドゴン族という民族の持つ民話も、そのひとつです。 以前、NHKが『アインシュタインロマン』という番組を制作し、ドゴン族にインタビューに行ったときのことですが、インタビュアーが長老に「宇宙はどうやってできたのですか」と聞くと、長老は滔々と「宇宙は無から始まった。ポコンと生まれたのだ。その宇宙は急激にふくれていまのような宇宙になった」といった話をしていました。それに対してインタビュアーが、「そういう話は、アインシュタインさんという人の理論にあるのですが」と返すと、長老は「では、われわれの話を聞いたのだろう」と答えていました。 たしかに神話や民話では、宇宙創生は無限の連鎖になることが多いですから、無からできるというのも至極当然のことなのかもしれません。 しかし、われわれ物理学者が「宇宙は無からできる」と言うと、当然、「おまえはエネルギー保存則を知っているのか」と問われることになります。もちろんビレンケンも、きちんと物理法則にもとづいたかたちで「無からの宇宙創生」が可能だという理論を展開しているのです。 彼は、この「無からの宇宙創生」を、ミクロの世界を支配している量子論の法則にもとづいて考えました。