トヨタ生産方式に新革命「GRファクトリー」稼働開始
少しだけ開発の話にも触れておこう。実はこのテスト車両にはテレメーターシステムが搭載されており、運転中の全ての操作、そしてドライバーの挙動やフロントカメラでの車両の挙動を統合的にチェックすることができる。これまで開発ドライバーの指摘を、言語で聞いてその現象を想像し、修正するという手順だったものを、ドライバーの言葉とデータを比較することで、どのタイミングでどの部分にどういう変化が起きているかをより的確に捉えることが可能になった。これはレーシングカーの分野ではすでに一般化されている手法だが、それを市販車の開発に取り入れている。これもトヨタの言う「レースのやり方でクルマを開発する」という取り組みのひとつである。 さて、そうやって開発したクルマを、GRファクトリーでは、工場制半機械工業で組み上げる。レースの世界では車高の1ミリは勝負を左右する。そういう精度で組み付けるために、流れ作業ではなく、セル生産方式が導入された。従来、多品種少量生産への対応方法として注目されてきたセル生産方式を、トヨタは「高精度組み立て」へと利用し始めたのである。 原理主義的に言えば、セル生産方式は、その場で最終組み立てまで全工程を行うものだが、トヨタの場合、これらの工程を分割して、それぞれの工程の間をAGV(無人搬送車両)でつなぐ。セルがいくつも連なって、生産が行われる方式である。
当然そこで働く技能工はトヨタでも屈指の腕利きが集められる。クルマを作るのは人なのだ。どんなに最新のシステムを使おうが、ロボットには創意工夫はできない。より確実で手間が少なく、製品クオリティが高いものを目指して工夫し続けていけるのは人しかない。そういう人々の士気を高めるために社長自らラインオフ式典に参加し、働く人々に声を掛けていることがよく分かる。 さて、このトヨタの新しい取り組み、トヨタの思惑通りに進めば、いわゆるマニアックな自動車ファンが、トヨタをブランドとしてリスペクトすることになるかもしれない。長らく安くて壊れないことを価値としてきたトヨタが、憧れのブランドへとステップを進められるかどうか、それはこのプロジェクトの成功に掛かっている。 --------------------------------------- ■池田直渡(いけだ・なおと) 1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。自動車専門誌、カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパンなどを担当。2006年に退社後、ビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。現在は編集プロダクション「グラニテ」を設立し、自動車メーカーの戦略やマーケット構造の他、メカニズムや技術史についての記事を執筆。著書に『スピリット・オブ・ロードスター 広島で生まれたライトウェイトスポーツ』(プレジデント社)がある