スーパーアスリートから読み解く。猫背が強みになることもある?(専門家が監修)
古くは王貞治が背中を丸めた一本足打法で世界の本塁打王に輝いたように、一般的にデメリットが多いとされる猫背が実は、トップアスリートの動作やフォームにおいてはプラスに働く点もある!? そんな仮説を立てながら、坂詰真二さんとともに“猫背の名選手”をピックアップしながら検証してみた。[監修・取材協力/坂詰真二(スポーツ&サイエンス)]
実はトップアスリートにも猫背が多い
「背中全体が彎曲した“円背(えんぱい)”と、胸椎は丸まっているけれど腰椎や骨盤の状態は正常である“凹円背(おうえんぱい)”。猫背は大きくその2つに分けることができますが、実は後者はトップアスリートにもけっこう多く見られます」 そう語るのは〈スポーツ&サイエンス〉代表の坂詰真二さん。本誌お馴染みの理論派フィジカルトレーナーに猫背とアスリートの関係性を掘り下げてみてもらった。 「まずわかりやすいところで、サッカーのメッシや遠藤保仁さんがまさにその凹円背に当てはまりますね」 言わずもがなメッシは今もなお世界のサッカーシーンのトップに君臨し続けるレジェンドであり、昨季をもって現役引退した遠藤さんも日本サッカー史に確かな足跡を刻んだ名手。なぜ彼らは猫背なのに長年にわたってハイレベルなプレーを持続できたのか。坂詰さんの見解はこうだ。 「彼らのプレーを見ていると、背中が丸く、頭部がやや前に出ていますが、これは先に重い頭を移動方向に振ることで、素早い動き出しや方向転換を可能にしている印象です。本人たちが意図してやっているかはわかりませんが、メッシはアジリティを生かした鋭い方向転換やドリブル、遠藤選手は周りを広く見ながらのポジショニングやパスワークなどに生きている感じがします。そういう意味では猫背がむしろ奏功しているように思えますね」 続いて、近年の最も象徴的な“猫背アスリート”としてプロ野球界の若きエースの名前を挙げてくれた。 「見た目で一番わかりやすいのが佐々木朗希選手。大谷翔平選手と比べてみると彼が凹円背であることは一目瞭然で、大谷選手は192cm、佐々木選手は191cmと身長そのものは1cmしか変わらないのに並ぶともっと差があるように見えます。それでも160km/hを超えるスピードボールで打者を圧倒しているわけで、やはり彼の場合も腰椎や骨盤に問題はないと見ていいでしょう」 われわれ一般人でさえそうなのだから、カラダが資本のプロアスリートにとって猫背は改善すべき事案であることに違いはない。それでも一部の選手たちが猫背のままプレーしているのはこんな理由があるのではないかと坂詰さんは推察する。 「猫背の姿勢で骨が固まってしまっているケースもあり得ますし、無理に治そうとするとカラダ全体のバランスが崩れる、筋肉のつき方が変わってしまうなど、かえってパフォーマンスが下がったり何か痛みが起きてしまう恐れもあるんですね。だからパフォーマンスを維持できているうちは急いで治さない方がいい場合もあります。もちろん佐々木選手が猫背を修正すれば、チャップマン投手のように170km/hのボールを投げるかもしれませんが(笑)」 競技特性そのものが猫背の要因になることもある。ボクシングはその最たる例だ。 「バスケやバレーボールに猫背の選手がほぼいないのとは対照的に、腕を高く上げる動作がない、相手やボールが低い位置にある競技においてはどうしても猫背の選手が多くなりがち。リング上での基本姿勢が前屈みになるボクシングがまさにそう。代表的なのが竹原慎二さん。彼の現役時代はミドル級でも背が高いほうでしたから、どうしても自分よりも小さい相手と対峙するうえで視点を下げるために猫背になりやすい。最近の竹原さんの映像を見ると今でもその名残があるように思えます」 近い理由で卓球からは今最も旬なこんな選手の名前も挙がった。 「早田ひな選手は女子卓球選手としてはかなり背が高いほうですよね。欧米人が苦手としているように卓球は高身長が不利になりやすいのですが、そんな中で彼女もなるべく目の位置を下げ、球の位置を正確に捉えて反応するために自然と今の姿勢になっていったと考えられます」 さて結論として、本コラムのタイトルにあるように猫背が実際“強み”になることはあり得るのか? 「猫背がプラス要素になるかは、まず競技特性によります。攻撃される面積を狭くした方がいい格闘技がその典型です。また、選手の生まれ持った骨格や後天的な生活習慣、怪我なども影響しますから、やみくもに治せばいいという単純な話ではありません。選手の中でバランスが取れていれば、例外的に“プラスに転じる部分もある”ということです」
取材・文/徳原 海(初出『Tarzan』No.879・2024年5月9日発売)