夫との死別、10年の空白を経て――「葛藤をさらけ出して進む」Awichの覚悟
「まさか女が来るとは」。目標はグラミー賞
帰国後は娘を育てながら、イベント・映像制作会社を立ち上げる。 「私が悲しみを乗り越えるには時間がかかったけど、娘にとって父親がいないことは必ずしも悪ではないと思っていました。学校にはお父さんが迎えにくる子もいるし、参観日に両親が参加する子もいる。あなたのお父さんはもういないけど、私はいるし、おじいちゃんもおばあちゃんもいるし、マミーの友達もいっぱいいる。だから孤独は感じないでいいし、いろんな人がいろんなことを教えてくれるよって。世代を超えた教えを受ける彼女の人生は面白いし、父親がいないことで駄々をこねたこともないですね」 表舞台への夢は消えかけていたが、音楽は続けていた。2016年、東京のイベントに誘われたことで転機が訪れる。 「音楽を完全にやめるとは言っていなかった。歌詞はあふれてくるし、ビートがあればそれに乗せちゃう。心の奥底にはやりたい気持ちがまだあって、ずっと抑えつけてた。やってくれないかと言われて、『誰かに言われるのを待ってました』みたいな」 東京でヒップホップクルー・YENTOWNのkZm、Chaki Zuluに曲を聴かせた瞬間、「やばい」と驚かれた。「いけるかもという兆しが、初めて明確に見えた」。Chaki Zuluをプロデューサーにアルバムを制作。英語、日本語、ウチナーグチ(沖縄語)が混ざり合うリリックをソウルフルに表現し、脚光を浴びる。
2020年、ついにメジャー進出。「まさか女が来るとは」とリリックにした。 「フェスでいかついラッパーたちがどんどん出て、トリが私だった時、『え?女?』みたいな顔をされたことがあって。ヒップホップシーンは男性優位社会だけど、そんなの形骸化された枠組みだからな、というのを証明するために書いたリリックです」 アルバム『Queendom』(2022)で、「ヒップホップの女王」と宣言した。 「YZERRというBAD HOPのメンバーに、『日本のヒップホップシーンを引っ張っていく存在になれる』と言われて。そんなことを言われるなんて、思ってもいなかった。でも、10代の頃、日記に『ラップで人を救う』『私がやらなきゃ誰がやる』と書いていたんですね。それを思い出して、腹をくくれた。ヒップホップシーンをよくすることに、私の時間とエネルギーを使いたい」