Jリーグ開幕から20年を経て泥沼に陥った混迷時代。ビジネスマン村井満が必要とされた理由
目先の10億円を手にしなければならない現実
2ステージ制導入を検討していた、当時のJリーグが思い描いていたのは、最後に行われた2004年のCSのイメージだろう。浦和レッズと横浜F・マリノスという、人気クラブ同士の対戦ということもあり、その話題性や注目度は数字にも表れている。 12月5日に横浜国際総合競技場(現・日産スタジアム)で行われた第1戦の入場者数は6万4899人(当時の新記録)、11日の埼玉スタジアムでの第2戦は5万9715人。TV視聴率は、第1戦がTBSで12.0%、第2戦がNHK総合で15.3%を叩き出している。地上波でのJリーグ中継が、極めて限定的だった当時にあって、2桁の視聴率は久々の快挙であった。 長いシーズンの中で、最も多くの勝ち点を積み重ねたクラブが優勝する。それがリーグ戦の本質である。これに対して2ステージ制は、山場を作りやすいというメリットはあるものの、それはあくまでもTV局や広告代理店の発想。実際にプレーする選手、そして応援するファン・サポーターには、およそ受け入れ難いものであった。 なぜなら、レギュラーシーズンの34試合で積み上げてきたものが、わずか数試合の結果で覆ってしまいかねないからだ。たとえばレギュラーシーズンで3位のクラブが、CSの結果で優勝してしまったら、1位のクラブの関係者は目も当てられない。 一方のJリーグ側もまた、従来のリーグ方式がベストであることは十分に理解していたし、できれば本質を捻ねじ曲げた大会方式を採用したくはなかった。しかし本質や理念よりも、さらには選手やファン・サポーターの心情よりも、目先の10億円を手にしなければならない――。 それくらい、当時のJリーグには「カネがなかった」のである。
日本やアジア諸国を「どう料理しようか」というディスカッション
2ステージ制が復活したのは、村井がチェアマンに就任して2年目となる2015年のことである。ただし、決定したのは13年9月17日の理事会であり、当時の村井は社外理事。前述したJリーグ戦略会議で、2ステージ制の導入を主張していたのが、中野や大河と共に大東を支えていた理事の中西である。もっとも当人は、ただ目先の10億円という金額に執着していたわけではなかったことを強調している。 当時の中西は、当人いわく「世界中のサッカーを視察しながらJリーグの現在地を確認する」立場にあった。そんな彼が、2ステージ+ポストシーズン制導入の必要性を強く感じる決定的な契機となったのが、2010年に開催されたECA(欧州クラブ協会)の総会。中西はアジア人として初めて、オブザーバーで参加している。 そこで直面したのが、世界のサッカー界における、食物連鎖のピラミッド。中西によれば「ヨーロッパ主要国の名だたるクラブが、日本をはじめとするアジア諸国を『どう料理しようか』とディスカッションしていた」という。話には聞いていたものの、その生々しい内容に、あらためて中西は衝撃を受けることとなった。 世界のサッカーは、競技レベルの面でも投資マネーの面でも、ヨーロッパ中心で回っている。その中でも突出しているのが、イングランド、スペイン、ドイツ、イタリア、フランスによる「ヨーロッパ5大リーグ」だ。 2022年のFIFAワールドカップ・カタール大会では、アルゼンチンが優勝してクロアチアが3位に輝いているが、大会で活躍した選手の大半は5大リーグで活躍している。換言するなら、5大リーグ以外の強豪国は、いずれも選手を供給する側にある。サッカー王国のブラジルしかり、タレントの宝庫であるアフリカ諸国しかり、育成システムに定評のある日本もまたしかり。 日本人選手が世界で活躍すること自体、サッカーファンには喜ばしく、誇らしいことである。選手を送り出すクラブも、移籍金さえ残してくれれば、それを元手に新たな才能を発掘したり育成したりすることができる。だが、興行団体であるJリーグは違う。集客やメディア露出につながる、若きタレントが湯水のごとく流出してしまうのは、決して歓迎すべき状況ではない。国内リーグの行く末を考えれば、選手の海外移籍はむしろ「死活問題」でさえあった。 だからこその2ステージ制というのが、中西の主張である。 「選手を獲られる側は、国内リーグを維持するために、ポストシーズン制を採用しています。アルゼンチンも、メキシコも、そしてベルギーも。われわれJリーグも、メディア価値を保ちながら収入を確保するために、何らかの手を打たなければなりませんでした」 中西によれば、そこで得られた10億円は「新しいタレントを育む、環境作りの原資とするのが一番の目的」と語っている。しかしながら、議論に参加した理事の大半は、そこまで考えてはいなかった。「カネがないので背に腹は代えられない」というのが本音であり、この時に得られた収益が、育成の環境整備に速やかに投資されたという話も聞かない。