エイズとデルタのメモワール(回顧録)~パームスプリングス(前編)【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】
Ⅰの留学先のボスであるミネソタ大学のルーベン・ハリス(Reuben Harris)教授は、日本人の性格を理解した、面倒見のいい、かつストイックな男だった。Ⅰを介して私は、ルーベンと共同研究を進める機会を得ることができた。しかしあるとき、Ⅰと私の仲が良いことを察すると彼は、研究打ち合わせのために、コールドスプリングハーバーの後にミネアポリスに訪問することを私に勧めてきた。 そしてミネソタ大学に着くと、彼は研究打ち合わせはそっちのけに、コールドスプリングハーバーの研究集会の「聴講報告」をするよう私に促してきた(というか、強制してきた)のである。「聴講報告」とは通常、そのラボに所属するメンバーが、参加した研究集会の中で興味深かった研究内容を、参加しなかった他のラボメンバーに紹介するためにするものである。 それを、「よう、ケイ、俺のラボに来たんなら、お前もコールドスプリングハーバーの聴講報告をしろよ」と、ニヤニヤしながら半ば無茶振りをしかけてきたのである。 ほぼ初対面の面々の前で、英語での発表の無茶振り、である。まったく想定も準備もしていなかったので、慌てて紹介する内容をまとめてわたわたとプレゼンをする。ルーベンはそこで四苦八苦する私の姿を見て面白がっていたのは間違いないが(基本的にサディスティックな男である)、そこには私に対する教育的意識もあったように感じている。 ルーベンから学んだことは多い。私は彼のラボに所属する立場ではなかったものの、いろいろな場面で示唆を与えてくれた。いち共同研究者としてフランクに接してくれることもあれば、教育的指導もあったり、ミネアポリスの自宅に、Ⅰと一緒に私を招いてくれたこともあった。 来日した際には、私が当時在籍していた京都大学のラボに足を運んでくれたりもした。いま思い返せば、留学経験のない私にとって、彼は私のPI(研究室主宰者)のロールモデルのひとつになっていると思う。