世界最古のワインは赤?白? 実はそのどちらでもないんです
通常のボトルとマグナムボトル、味が違う理由
さて8000年も昔、ワインはどのように造られていたのでしょう。 ワイン造りの要(かなめ)は、「クヴェヴリ」と呼ばれる地中に埋めた卵形の大きな壺でした。この壺にぶどうを房ごと入れて、後はワインになるのを待つだけです。 皮や種と一緒に漬け込むと、ぶどうに付着した菌により自然に発酵が促されます。発酵を終えた状態でも皮と種を取り出さずそのまま貯蔵することで、エキスたっぷりのフルボディーワインが出来上がります。当時使用していたぶどうが黒ぶどうなのか白ぶどうなのか判定はできていませんが、地中で寝かせることで温度が安定し、美味しいワインが出来上がります。 またクヴェヴリの中で300リットルもの大量のワインを保存することで、ゆっくり熟成が進み、まろやかな味わいを醸し出すという効果もありました。 より大きな容器で熟成する方が格別に美味しく仕上がります。 これは、私たちが普段飲んでいるワインでも同様で、同じ銘柄のワインでも通常のボトル(750㎖)と大きなボトル、たとえばマグナム(1500㎖)やアンペリアル(6000㎖)を飲み比べると熟成感の違いがよくわかるものです。 ジョージアでは今も同じ手法で醸造されています。現在は白ぶどうを使用し、果皮と種子を一緒に長時間かけて発酵させます。通常、白ワインの場合、圧搾後は果皮と種を分けて果汁のみを発酵させますが、果皮も種も一緒に漬け込み、酸素を取り込みながら色素を果汁に抽出することで、特徴的なオレンジ色のワインが出来上がります。 これが「オレンジワイン」です。この手法は2013年、ユネスコ無形文化遺産に登録されました。
オーガニックブームで復活
8000年も前にワイン造りが行われていたジョージアですが、残念ながらその後ワイン大国として発展することはできませんでした。 醸造方法や栽培技術はエジプトやギリシャへも伝わり、両国は独自のワイン文化を開花させましたが、ジョージアは地理的にヨーロッパ、アジア、中東の交差点に位置していたため、大国からの侵略が繰り返され、そのたびにぶどう畑は荒らされてしまいました。 かつてこの地は隆盛を誇りアッシリア帝国への貢物にジョージア産ワインが要求されたほどでした。しかし月日はすぎ、旧ソビエト連邦の支配下となり、ワイナリーは国営化され、使用するぶどうも自由に選ぶことが許されない時代となりました。 ようやく1991年、ジョージアは旧ソ連から独立を果たし、民営でワイン造りを再開することができたのですが、長い間旧ソビエト連邦の支配下にあったため、他国に比べワイン造りのノウハウは進歩せず、何千年も前の手法そのままクヴェヴリを用いた伝統的な製法で醸造を行いました。しかしその手法が後にユネスコ無形文化遺産に登録されることとなり、振り返れば伝統が守られたことになりました。 そして2015年、最古のワイン文明がジョージアで発見され、大きな注目を浴びます。昨今オーガニック、自然農法が叫ばれるなか、オレンジワインは“究極の自然派ワイン”です。果皮と一緒に漬け込むためぶどう栽培は自然農法にこだわります。ぶどうの出来がそのままワインの味に影響するため、「自然」が美味しいワイン造りに欠かせない一番のポイントだと考えます。果皮だけではなく種も一緒に漬け込むことで果実味、酸味、渋みのバランスがよく、エキスがたっぷりつまった健康によいオレンジワインが出来上がります。 もちろんクヴェヴリは今もオレンジワインの醸造には欠かせません。クヴェヴリがワインの味に大きく影響するため、職人は粘土の質、焼き方などにこだわり一つ一つ丁寧に作ります。1000リットル入りの大きなクヴェヴリを作るのに6週間を要します。 こうしてぶどうの栽培、クヴェヴリ、醸造とそれぞれの人々の手を介して“手づくりの自然派ワイン”が出来上がります。 2016年にはわずか402社しかなかったジョージアのワイナリーですが、19年には1000社を超えるワイナリーが設立されています。2023年は年間約1億2000万本を輸出しました。ジョージアではワイン産業が復活してきました。 日経ビジネス人文庫『「家飲み」で身につける語れるワイン』 8000年にわたる歴史から、あの有名銘柄の背景まで。読めば語れる! 「意外と知らないボジョレーの由来」「ラベルに書かれた格付けの読み解き方は?」――世界の一流品を知る著者が、ジョージア、エジプトから、イタリア、フランス、日本まで、各地域のお勧め銘柄を紹介しながら、深いワインの世界に導きます。 渡辺順子著/日本経済新聞出版/990円(税込み)