「管理職にかかる過剰な負荷」は解消できるのか? 組織変革の要となる部門とは?
共通言語化した理論は課題解決の補助線になる
このコーチャビリティと関連する理論が、前にもお話しした成長マインドセットと硬直マインドセットです。どんな目標志向を持っているか(学習目標志向か、業績目標志向か)、どんな知能感を持っているか(拡張的知能感か、固定的知能感か)。成長マインドセットを促すためには、どんな考え方が必要なのか。 こうした理論を把握したうえで、極論すると、メンバーの成長はメンバーが自分でやればいいんじゃないでしょうか。実はそうすると、失敗しても必要以上に落ち込んだり、自信をなくしたりすることはなくなります。自分で理論に落とし込んで、反省したり、「これは伸び代だからまあいいか」と前向きに捉えて立ち直ったりできるからです。 理論武装したメンバーは勝手に育つので、マネジャーの負荷も減るし、マネジャーとの相性が良くない場合にも、自分で生き抜いていくことができます。 また、こうしたマネジメント理論を全員が共有していれば、例えば「メンバーに主体性がない」という課題にぶつかったとき、人事・マネジャー・メンバーの間で、「主体性を構成する要素は、仕事の有意味感、自己決定感、自己効力感、貢献実感の4つがありますよね。 どの要素に原因があると思いますか」「この要素なら、こんなアプローチが有効ですね」といった議論をスムーズにできます。理論が、課題解決の補助線になってくれるのです。
組織を変えるには人事部の強いリーダーシップが必要
こうした「マネジメントの民主化」を推進するためには、人事部に強いリーダーシップが必要です。私の研修を導入してくださっている企業でも、研修の内容をしっかり自分のものにして変わっていく企業では、人事部が強いリーダーシップをとっています。やはり組織変革の入り口は人事部にあるし、人事のリーダーシップがないと、変革は崩れてしまうんです。 ところが、現在の日本企業で強力なリーダーシップを発揮できる人事部はあまりありません。日本における人事部の立ち位置は時代と共に変わってきました。 バブル前にすでに社会人だった方は、「人事最強説」を聞いたことがあるでしょう。この時代は新卒一括採用・年功序列・企業別労働組合という日本型雇用の三種の神器により、配属やローテーションを行なう人事部門に権力が集まり、「陰の実力者」と称されるほどでした。誰を採用し、どこに配属するかを、全部人事部が決めていたのです。 アメリカなどでは企業の人事部というのはそんなに強い存在ではなかったこともあり、アメリカによる日本の経済成長の研究でも、「人事機能が強すぎる」と指摘されていました。 ところが、バブルが弾けて不景気になると、一転して人事権の分権化が進みます。「人事戦略は経営戦略や事業戦略に連動して決められるべきだ」という戦略人事論が強くなり、「事業戦略は事業部門のほうがわかっているんだから、誰をどこに配属するかは、人事部ではなく事業部門が決めるべきだ」ということになっていったのです。 そして2016年頃に始まった働き方改革で、人事部という仕事の内容や難易度はまた大きく変わりました。働き方改革を実現するための制度設計をしたり、多様化する雇用形態や人材に対応した制度を整えたり......現在の人事の仕事の難易度は、かつてないほど上がっているのです。 ところが、組織の中でリーダーシップをとれる人、決断ができる人は、たいてい事業部に配属されてしまい、人事部に回ってきません。組織文化を変えます、マネジメントの基盤をつくります、という仕事は不確実性が高く、多数のステークホルダーが絡む難しい仕事ですが、売上や業績改善に直結するようなものではないからです。 リーダーシップ難易度がほかの部門より高いのに、人事部にはリーダーシップがある人材が配属されない――これがいま、多くの組織で起きていることです。成長する組織を本気でつくりたいのなら、まずは人事部にリーダーシップを発揮できる人材を入れる、ということが多くの企業で必要になってくるでしょう。 では、人事部がリーダーシップを発揮した場合、組織変革はどのように進むのか。次回は、そんな実例をご紹介したいと思います。
坂井風太([株]Momentor代表)