久田恵「70歳で移住した那須の高齢者住宅で手にした〈理想のすまい〉。6年後、終の住処にもなりえた家を引き払い、東京のひとり暮らしに戻った理由」
◆車を売却し、「後悔先に立たず」 東京に戻ってきたもうひとつの理由としては、運転免許を返納したことも大きかったと思います。 2023年の10月、免許更新のお知らせが来たとき、私は75歳。当初は更新するつもりだったのですが、調べてみたら、後期高齢者になると更新の手続きがものすごく面倒みたいで。認知機能検査や高齢者講習も受けなければならないと知り、すっかりおじけづいちゃったんです。 というのも、私は車の運転がとにかく下手なんですよ。どれくらいかというと、運転中に道路脇の側溝にタイヤがはまって、引き上げるためにクレーン車が派手に出動したほど。 もちろんこの騒動はまわりじゅうに広まり、その一件をゆいま~るのみんなも知っているので、私が運転する車には誰も乗りません(笑)。そんな自分がこの先も運転を続けたら、きっと事故を起こして周囲に迷惑をかけるに違いない。 それで、「更新するのはやめよう!」と発作的に決意して、免許を返納する前に車を売ってしまったのです。 ところが那須の暮らしは、車がないと本当に不便なんですね。バスもありますが、ルートや時間が決まっているので、自分の好きなようには動けない。 私が那須の暮らしで何よりも楽しみにしていたのは、自分でハンドルを握ってあちこちに出かけることでした。車を売り、免許も返納してその楽しみが失われてしまったら、毎日がなんだかつまらなくなっちゃって……。
ちょうどその一件でしょげていた頃に東京の家で過ごしてみたら、まあ、なんと便利なことか。最寄りの駅までは歩いて5分ちょっと。駅の右手には映画館があり、その先には商店街。喫茶店もレストランもコンビニもある。車を手放した高齢のおひとり様にとって、こんなに便利なところはありません。 昨年から、2週間に1度、取材や打ち合わせで東京に出かける仕事を抱えていたのですが、那須と東京を頻繁に往復する生活でへとへとになっていました。都内に住めば、体力的にも負担が軽くなるのは明らかです。 おまけに、私はずっとフリーランスで仕事をしてきましたから、月々の年金は約7万円。那須のサ高住の家賃も月額3万円でさほど高額ではなかったものの、父が遺してくれた家に戻れば家賃は必要ありません。たいした貯金もない私にとって、「家賃がタダ」というのは実に気楽な話ではないか、と。 もちろん、ゆいま~るでの生活は楽しかったですよ。全国各地から個性的な人たちが集まっていて、現役時代は国家公務員だった人もいれば雑誌の元編集者もいる。 そんな入居者仲間と人形劇を上演したり、2000平米もの原っぱを借りて、そこに手作りのガーデンハウスやコーヒースタンドを建ててさまざまな催しを企画したり。まるで学生時代に戻ったかのような毎日は、刺激的でもありました。でも、70代も半ばを過ぎたら、人と暮らすことにちょっぴり疲れてしまうときもあって……。 もともと、ゆいま~るに移住したのも、「丘の上に建っている、あの可愛い木のコテージに住みたい!」という衝動的な理由からでした。ですから、そろそろ自分のペースで好きに過ごせるわが家に戻ったほうがいいのかも、という気持ちもどこかにあったのでしょう。 そんなこんなで東京に引き揚げてきましたが、那須との縁が切れたわけではありません。友人が週末だけ開く居酒屋に顔を出したり、原っぱに建てた施設を管理してもらっている後継者に会いに行ったりと、今でもちょくちょく那須に通っています。 ゆいま~るには1泊3000円ぐらいで泊まれるゲストルームもあるので、いつでも気軽に遊びに行けてありがたい限りです。 (構成=内山靖子、撮影=本社・武田裕介)
久田恵