乳がんから生還したモデル・園田マイコ(55)が感じた「ひとりで抱え込まず人に甘えること」の大切さ
元夫の母、私にとっての義母とも仲良くさせていただいていて、元夫と離婚したいまでもよく会っていますよ。妙に馬が合うというか、本当の娘のようにかわいがってもらっています。息子の育児で悩んだときの相談相手も義母ですね。乳がんのときもいい病院を探してくれて、最終的に義母が見つけてきてくれた病院で手術をし、がん治療をしました。 ── 病気になったとき、元夫や義母の存在が大きな支えになったんですね。 園田さん:そうですね。息子や元夫、義母が支えてくれました。乳がんがわかったころは離婚をしたばかりで、中学2年生の息子と2人で暮らしていました。息子は反抗期真っ盛りだったのですが、彼なりに考えて家の手伝いなどをしてくれて助かりました。
実は当時、夜になると抗がん剤治療の影響で急に不安になり、お風呂や布団の中で泣いていたことがあったんです。息子にそのような姿は見せられないので、こっそり泣いていたつもりだったのですが、実は気づいていたと後から知り、びっくりしましたね。 そんな息子もいまはもう29歳です。ふたりで元夫の愚痴を言えるくらい仲良しで、私のいまのパートナーといっしょにキャンプに行くこともあります。小さいころにあまり自然に触れなかったせいか、最近はアウトドアにハマっているよう。私も年齢を重ねたことで、自然の中で心を無にして気持ちを落ち着かせ、自分の内面と向き合う時間を大切にできるようになってきました。キャンプでリフレッシュするのが、いい気分転換になっています。
■少し力が抜けて、人に甘えられるようになった ── 当時、乳がん経験者の存在も大きな支えだったと伺いました。 園田さん:そうなんです。私が乳がんになったとわかってからまずやったのが、「乳がん経験者の方に話を聞く」ということ。仕事関係の方を通じて、乳がん経験者の美容ジャーナリストの山崎多賀子さんを紹介してもらいました。闘病中は不安になることが多く、メンタルがつらいときも多々ありました。そんなとき、山崎さんをはじめ、乳がん経験者の方にすぐに電話をして話を聞いてもらっていました。