福祉施設に増えるヤギ なぜ? 「なごみ」と「面倒くささ」で予想外の効果 #老いる社会
代表の石井英寿さん(49)は、2006年に宅老所を開いて、近隣の誰もが助け合える地域づくりの実践を積み重ねてきた。いろんな人がごちゃまぜになって見守り合う場をつくりたい──。そんな石井さんの思いを形にしたのが、長い縁側を象徴とするこの建物だ。2023年度のグッドデザイン大賞を受賞した。 ツノ子を飼い始めたのは昨年秋。付き合いのある愛媛県今治市の宅老所で子ヤギが数頭生まれたのを聞き、石井さんはこう思った。「そういえば設計の時、建築家が『施設内にヤギみたいな動物がいたら、里山の雰囲気に合うね』と言っていた。本当にヤギが来たら、利用者にも、遊びに来る近所の子どもたちにも、きっと喜ばれる」。そこで、1頭をもらい受けることにした。以前飼っていた施設でついた名前は「ツノ子」。 ただ、実際に飼い出してみると、ヤギの飼育は簡単ではなかった。 連れてきてからの1週間は、石井さんがツノ子の脇に寝袋を敷いて寝泊まりした。愛媛から800キロの距離を車で運ぶうちに、ツノ子に情が湧いたのだという。 「夜中に泣くからかわいそうで。知らない土地に来て、寂しいのかなと思ったんですよ」 かいがいしく世話をする石井さんを、スタッフたちは温かく見守っていた。だが、ツノ子が自由に動き回れるよう放し飼いにしたいと石井さんが提案すると、スタッフの間で賛否が分かれた。反対の理由は明快だった。敷地内で自由にフンをされると、掃除などが大変で収拾がつかなくなるからだ。
そこから数日にわたって「ヤギ談議」が繰り広げられた。結果、折衷案で「ヤギ小屋から長いロープを張ってつなぎ、ヤギが緩やかに散歩できるようにする」という方針に落ち着いた。 この時の論争を、石井さんは頭をかきながら振り返る。 「意見が割れるのは、人間に対する介護観の違いと同じですよ。どこまで寄り添うか。制限をかけるか。誰がお世話するか。議論してテンヤワンヤしているうちに、建設的な案も出てくる。面倒だけれど、ヤギのおかげでコミュニケーションが増える。そう考えると、いいことかもしれない」