朝ドラ『虎に翼』美位子はなぜ父親を殺害してしまったのか? モデルになった事件からみる壮絶な半生
NHK朝の連続テレビ小説『虎に翼』は、第24週「女三人あれば身代が潰れる?」が放送中。寅子(演:伊藤沙莉)は山田よね(演:土居志央梨)と轟太一(演:戸塚純貴)の法律事務所で、とある事件の被告人・斧ヶ岳美位子(演:石橋菜津美)と出会う。彼女は実の父親を殺害し、尊属殺人罪に問われていた。これは実際に起きた事件をモデルにしている。今回は物語よりもおぞましい地獄にいた女性の半生について取り上げる。 ※本稿には実際に起きた事件について性的虐待等の描写が含まれます。予めご了承ください。 ■実の父親から性的虐待を受けた女性が犯した罪 事件が起きたのは、昭和43年(1968)10月5日のこと。場所は栃木県矢板市のとある住宅だった。A子さん(当時29歳)は、泥酔していた父親(当時53歳)を絞殺。その後自首した。そして事情聴取が進むうちに、彼女がおかれてきた異様すぎる家庭環境が明らかになったのである。 A子さんは7人きょうだいの次女で、昭和14年(1939)1月に誕生。父親は農家の生まれだったが、結婚後には町役場に勤めたり、北海道に出稼ぎにいったりしていた。戦時中は召集されて陸軍で兵役に服した後帰郷している。その後、妻子と共に宇都宮市に移り住み、食料品等の小売業を営んだ。 A子さんの地獄のような日々が始まったのは、昭和28年(1953)のこと。当時14歳だったA子さんの就寝中に父親が忍び寄り、無理やり事に及んだ。以降、A子さんは度々父親から性交を強要されるようになる。 恐怖と羞恥から誰にも相談できなかったA子さんだが、約1年耐え忍んだ末に母親にすべてを打ち明けた。驚いた母親は父親を問い詰め、止めようとしたものの、父親は刃物を持ち出して「殺してやる」などと脅したという。 子を連れて逃げ出した母親を執拗に追いかけた父親は、「おまえなんか、どこの男とでもどこかで住め、どんな亭主をもとうが勝手にしろ、俺はA子とは離れないぞ」などと暴言を吐いたという。母親は家出だけでなく、心中すら思い至ったこともあったそうだ。実際にA子以外の子を連れて家出したこともあったというが、紆余曲折の末再び同居することになった。 父親の蛮行は親類に知られるところになり、周囲の親族はみな忠告を繰り返したというが、当然聞く耳などもたない。A子さん自身もどうにか逃げ出そうと策を講じたが、すべて失敗に終わり連れ戻された。やがて父親は母親や親類が目ざわりになったのか、はたまたA子さんを閉じ込めるためか、A子さんとその妹だけを連れて転居してしまった。 ■実父の子を次々出産…妹と子を守るために耐え抜く日々 その後A子さんは昭和31年(1956)から昭和39年(1964)の間に実父の子を5人懐妊、出産した。そのうち2人は1歳未満で亡くなっている。母親や親類はおぞましい父親のふるまいを忌避し、近寄らなくなっており、A子さん自身も妹や子を守るために父親のもとから逃げ出すことを諦めざるを得なかった。 そんなA子さんに転機が訪れたのが、昭和39年(1964)のことである。妹が就職のために家を離れた後、父親はA子さんに働きに出るよう指示した。A子さんは近所の印刷所に勤め始め、職場という新たな居場所や他人との関わりを得て少しずつ変化していったという。それは同時に、自らがおかれてきた口にするのも憚られる地獄のような生活がいかに異常であるかを思い知るということであり、人並みの幸せを手にし、自分の人生を取り戻したいと願うきっかけになったのである。 社会に出て4年が経った昭和43年(1968)9月25日、職場で知り合った男性との結婚を考えるようになっていたA子さんは、父親にそれを切り出した。しかし、父親は激昂し、以降約10日間にわたってA子さんを職場にも行かせずに性的行為を含む暴行を加えたり、脅迫的な暴言を吐いたりして追い詰め続けた。そしてA子さんはもはや自分が人間らしく生きていくためには父親を殺害するしかないと思い至り、自分にしがみついてきた父親に反撃して押し倒し、枕元にあった股引の紐で首を絞めたのである。 異常すぎる家庭環境で、約15年に渡って父親からの性的虐待を受け続けてきたA子さんの半生がいかに苦しいものだったか、筆舌に尽くしがたい。そしてこの事件は、「尊属殺人罪は合憲は違憲か」という日本中が注目する裁判へと発展していく。 <参考> 京都産業大学法学部「憲法学習用基本判決集」
歴史人編集部