”予期せぬ妊娠”は誰にでも起こりうる…漫画家・鳥飼茜が伝えたいこと
「中絶という選択肢を選ばざるを得ない人も確実にいます」
同時に、「中絶」という問題と一切かかわることなく人生を歩んでいける人も少なくないことも、鳥飼さんは「よく理解しているつもりです」と語る。そして、そういう人たちの中には、「中絶という行為に倫理的に抵抗を抱く人がいるのも当たり前のことだとも思います」と続ける。 鳥飼ある意味、命を絶つ行為である中絶に抵抗を感じる人がいることはとてもよく理解できます。ただ、中絶という選択肢を選ばざるを得ない人も確実にいます。微力ではありますが、本作を通して、その断絶みたいなのを少しでも埋めることができたらいいなという思いもありました。 「予期せぬ妊娠って、女性の側にも問題があるよね」と感じている人も少なくないでしょう。なぜ避妊「させなかった」のか? とか、もっとセックスについて真剣に考えるべきだとか、軽々しく行ったせいだよね、とか……。なかには男性が100%悪いという人もいます。いろいろな人がいて、いろいろな考え方が存在します。本作を描く上で大事だなと感じていたのは、そんなさまざまな考え方の中で、「予期せぬ妊娠について、いかに当事者意識をもって、現実的な話として読んでもらえるか」ということでした。 現実は、「愚かだ」と思う言葉では、ジャッジメントできない、ジャッジしてはいけないことが数多くあります。 例えば、結婚した後にパートナーからモラハラを受けて苦しんでいる人がいたら周囲は「付き合っている時にわかったのでは? なんでそんな相手と結婚しちゃったの?」と思うでしょう。でもわからないんです。やさしさから、相手を傷つけたくない、楽しませたい、相手の機嫌を損ねたくないといった感情がどんどんヒートアップしていき、いつもと違う判断をする時もあります。私自身も経験上、それはとても自然なことだと感じています。
“セックス=人間の根底にあるもの”という視点で話がしたい
さまざまな思いを抱き、描き始めた『バッドベイビーは泣かない』。いよいよ第1巻が11月21日より発売となるが、鳥飼さんは、読者の感想はあまり耳にしていないという。「友達少ないんです(笑)、感想を聞く機会がないんですよ(笑)。X(旧ツイッター)もほとんどやっていませんし」。とはいえ、「数少ない友達」(鳥飼さん)が、『バッドベイビーは泣かない』の連載をきっかけに、『モーニング』を買いはじめ、「鳥飼さん、面白いよ」と言ってくれたことは、素直にうれしかったという。 鳥飼女性の体に起こる妊娠・中絶というテーマを、男性読者も多く抱える青年コミック誌『モーニング』で取り上げ、「いかに当事者感を持ってもらえるか」って、もうめちゃくちゃ負け試合なんですけど、ぜひ読んでもらいたいという思いもあります。 セックスに関連することって、どれもこれも重要な問題ですよね。私は、セックス=エロ、というより、“セックス=人間の根底にあるもの”といった感じでお話しがしたくて、でもセックスにまつわるが故に他人と語り合えないもどかしさもあり……。だからこそ、ずっとセックスをテーマとした作品を描き続けています。まあ多くの方は、私のことを「こいつ本当に性の話が好きやな~」なんて感じで思っているのではないでしょうか(笑)。 私、漫画というのは「対話のようなもの」だと思っているんです。読者の方と直接お話しはできなくても、私が描いた漫画を、誰かが読んでくれるって、それってひとつの対話のようなものではないか、って。「鳥飼さんから手紙が来たよ」といった軽い気持ちで、『バッドベイビーは泣かない』を読んでもらえるとうれしいです。今回は、もらってすぐに開けられないような重い手紙にはしていないので、気軽に開いてみてください(笑)。 最後に、鳥飼さん自身が妊娠・出産を経験したからこそ本作に生かされている部分や、その経験を通して本作で読者に伝えたいことについて尋ねた。 鳥飼私が妊娠をしたのは、最初の結婚をしていた時だったのですが、今思うのは、あのタイミングでなければ産めなかったかもしれない、ということです。その後、仕事や相手との状況もあって「今妊娠したとしても産めないな」と思ったことも何度もありました。 世の中、いろいろなことが起こりえます。妊娠したら、100%「おめでとう」ばかりではないことも、たいていの人はわかっています。その「おめでとう」ではなかった時にいくつかの選択肢から手段が選べる環境が整っていてほしいし、バッドタイミングな状況に陥ったとしてもうまく生き延びてほしいと心から願っています。 鳥飼茜(とりかい・あかね) 1981年大阪府生まれ、漫画家。京都市立芸術大学在学中に漫画賞を受賞し、2004年デビュー。デビュー初期から、女性の生きづらさやジェンダーといったテーマを取り上げ続けている。近著に、『サターンリターン』『先生の白い嘘』『おんなのいえ』『地獄のガールフレンド』など。2度の結婚・離婚を経て、現在は子供の父親と分担して息子を育てている。 Text:Aya Hasegawa
鳥飼 茜、FRaU マンガ部