サントリーが"ヨーロッパ風”の同族経営にこだわる根本理由、創業一族の社長就任で注目される同族経営論
事業の成功者やその他の要因で「名家」と呼ばれるようになった家は、子々孫々に至るまで誇り続けられる家にするためには、人から後ろ指を指されるような行動は控えなくてはならないと考える傾向がある。そこで、創業家は子弟教育に力を入れ、親戚中がその子の成長に注目する。「創業家内の監視機能」である。このことが、ひいては後継者の早期英才教育につながる。 創業家の監視機能を発揮しているのが、ファミリーオフィスという存在である。加護野忠男・神戸大学名誉教授は「ヨーロッパでは、ファミリーオフィスがオーナーシップに関して圧倒的に強い発言権を持っています。ですから株式市場だけに頼らなくても、ファミリーオフィスが資金調達やいろいろな戦略提案などができるわけです」と語る。
サントリー創業家は、サントリーHD関係会社株式の管理、不動産賃貸業および保険代理業を行う寿不動産を持っている。サントリーHDの発行済み株式の約90%を保有しており、実質的な持株会社とも見られている。いわば、サントリー創業家のファミリーオフィスと言えよう。 ■信宏氏「仕事をやんちゃに楽しみたい」の意 三菱商事、ローソンという創業家なき企業を経験した新浪氏の目には、サントリーHDの創業家はどのように映っているのだろうか。それは「非財務情報」とも言える見えざる企業価値だった。「バランスシートにもない価値である創業精神を引き継ぐのが創業家。サントリーHDでは、創業精神がしっかりとした支柱になっています」(新浪氏)。
近年経営学でファミリービジネスに関する研究が注目されているが、見えざる企業価値がいまだに見えないままになっている。奥村昭博・慶應義塾大学名誉教授は、「従業員が、どのようなインセンティブを期待しながら(創業家出身者が要職を占める)ファミリービジネスで働いているのかという、体系的研究が非常に少ない」と指摘する。 信宏氏は「仕事をやんちゃに楽しみたい」そうだが、社長が楽しそうに働いていなければ、従業員も楽しくならない。社会規範・通念が劇的に変化する中、従業員意識の変容、働き方改革にも自分流に対応しようと考えているのだろう。
信忠氏と新浪氏がいずれも代表権を持つ会長として残ることに対して、早くもネットでは、2人会長制による傀儡政権になるのでは、と危惧されている。 信宏氏は自身の長所について聞かれたとき、「ストレス耐性が強いところかな。いつも声の大きな社長の隣にいましたから」と含みのあるユーモアで答えた。 この発言を深読みすれば、〈ご意見は拝聴しますが、SNSで危惧されている2人会長の傀儡政権はごめんです。私自身がわくわくする経営をさせてもらいます〉とも聞こえる。筆者が主観的に超訳しているかもしれないが、信宏氏らしい「やってみなはれ」と「利益三分主義」の実践を期待したい。
長田 貴仁 :経営学者、経営評論家