「早く引退してマッドな何かになりたい」糸井重里73歳、コロナ禍の社長業で思うこと
「株式会社ほぼ日」を上場してから5年。世界を取り巻く状況は新型コロナウイルスの感染拡大で一変した。かつてはコピーライターとして、現在は資本家として、時代の空気を捉えて人の心を動かしてきた糸井重里(73)は今この時代をどう見ているのか。「昔から時代とズレていても構わないと思ってきた」と言い切るその心境とは?(撮影:寺沢美遊/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)
フルスイングできない欲求不満はずっとあった
2020年11月、株式会社ほぼ日は本社を青山から神田に移転させた。今回の撮影は、糸井のなじみのそば屋でも行った。糸井が店先で声をかけると、気さくに撮影に応じてくれた。店の主人は今出かけている、といった雑談も発生する。「ご近所付き合い」が色濃く残っている地区だ。
「1階にあるスタジオで対談してるときに、おそば屋のご主人が見に来てて、たまたま町会長で。お祭りが中止になっちゃったんで、今年の6月に屋上でビートルズのコピーバンドでルーフトップコンサートみたいなことをやろうって言ったら、町会長が警察とも話し合ってくれて、実現してね。お祭りをやってきた街のコミュニティーが、やっぱり残ってるよね。僕も地区のシンポジウムとかに喜んで出ています、ひっきりなしに(笑)」 この日は、社内の3分の1がリモート勤務、3分の2が出社中だった。2018年の糸井と川島蓉子との共著『すいません、ほぼ日の経営。』では、「人」の重要性が説かれていた。それゆえにフルリモートにはしなかったという。
「犬も歩けば棒に当たるっていう言葉が、今、不意に出てきた(笑)。こういう状況で、フルスイングできない欲求不満はずっとありました。今もまだ残ってますね。人がいると、つまんないことを話せたり、しなくてもいい失敗をしたり、逆のこともある。それが経験になったり、後の材料になったりする。やっぱり『効率のいいところだけ取りましょう』という人生論になっちゃったら、やることをやって、早死にしてもかまわないことになりますよね。でも、オムツを取り換えてもらったり、人に迷惑を掛けたり、泣かされたりしている時間も人生なんです。それをちゃんと味わうことが、ほかの人の気持ちをわかることにもなる」