日本の紙の歴史 “軟水” によって独自の文化を育んできた 「日本の紙」
「画家にとってのキャンバス」 ~日本の紙がインテリアとして使われるようになった理由
今回ご紹介する1つ目の紙は 「襖紙(ふすまがみ)」 です。 室町時代に生まれてから、現在まで日本文化の象徴として、世界中で独特な存在感を放ち続けているこの紙。この紙が独特な存在感を放っている理由は 「紙がインテリアとして使われていること」 と、「画家にとってのキャンバスになっていること」 の2つが挙げられます。 そもそも、世界中で 「紙」 を建築に取り入れているのは日本だけ。その理由は後ほど詳しく説明をしますが、壁や障子に紙を用いたことで、結果的には 「家の中のすべての場所において、人が表現することができる家」 が室町時代に日本に誕生することになります。では、なぜ、このような家が誕生したのか?その全ての理由は、「ネリ」 と 「軟水」 を使用した製紙方法 「流し漉き」 にあります。 1つ特殊な技法にて漉かれた襖紙をご紹介させて頂きます。平安時代に生まれた襖紙の技法に「飛雲」 「打雲」 というものがあります。この模様は漢字の通り、「雲が飛んでいるように」 見えるように模様が付けられていくのですが、元々は平安時代の紙漉き職人が空を見上げて模様を付けた紙…と言われております。今で言うならば、まさに 「写真」。カメラがない時代に空を見て、風景を切り抜いて、それを表現している創造力にも驚くばかりではありますが、さらに当時の人々はその上に書をしたためて、楽しみました。風景の写真の上に文字を乗せる…。まるで、現代のポスターのようですよね。当然ながら、現代でも自分の好きなポスターを家に貼る方は多いのではないでしょうか? そして、当然ながら、「アート」 には絵画も存在します。「写真」 や 「絵画」 を家に飾る…。時代は変われど、人が暮らしに求めるモノが同じこと、そして、それを平安時代から確立していた日本人の創造力を 「襖紙」 という紙は教えてくれるような気がします。 なぜ、日本の紙がインテリアに使用することが可能だったのか? それは、太陽の光に当てても形状変化が起こりにくい素材であったからです。ここまでに複数回にわたって日本の紙を語る上で 「軟水」 という単語を記載してきましたが、ここでもキーワードになります。そもそも、この 「軟水」 とは、水中のマグネシウムやカルシウムなどのミネラル含有量が1リットルあたり0~60mg/Lの水のことを指します。紙が太陽の光に当たったとしても、形状変化を起こさないかどうか?は、実はこの 「水」 の中に含まれる 「マグネシウム」 が、大きな鍵を握っています。 マグネシウムを多く含んだ紙は、太陽の光に当てると酸化します。酸化した紙は、すぐに繊維自体が劣化していくので、形状を保てなくなりますので、諸外国の 「硬水」 で作られた紙は太陽光に当てることはできませんが、日本の 「軟水を使用する流し漉き」 で作られた紙は太陽光に当てることができたのです。 それに加えて、ここは軟水大国、日本。現在も国内の大部分の地域で、軟水を豊富に得ることができるため、大きく、軽く、通気性のある紙を 「流し漉き」 によって作ることが出来たのです。こうした背景が、平安時代に人々に遮光を目的として障子紙を使い始めさせ、その後、日本の建築最大の特徴である、「間」 の誕生と共に、現在の私たちも壁紙や襖紙などの 「インテリアに紙を使う文化」 を育んでいったと思います。 そもそも、「襖」 の紙は室町時代に生まれましたが、この紙の基になったのは 「料紙」。前回のコラムに記載させて頂いた、女性が苦しい境遇の中、自分たちの感性を使って開発した彩を与え、自分の感情表現の道具とした紙です。この 「料紙」 は、平安時代の終わりに 「仮名」 の存在と共に一気に脚光を浴びます。そのきっかけになったのは 「色」。はじめは女性が自分の感情を表現するために付けた 「色」 でしたが、時間と共にこの 「色」 は 「装飾」 へと変化していきました。 そしてついには、襖は 「人の目を遮ること」 を目的とした 「インテリア」 であると同時に 「キャンバス」 へと変わっていきました。現在もそうですが、「紙」 は人が自分の表現を記す道具。インテリアに紙を使った時点で、家中がキャンバスに変わっていくのは必然だったと言えるような気がします。