坪井慶介が「DFのいい準備」を言語化する。1対1の優先順位とは?「身体能力だけで勝てない」【元サッカー日本代表のDF論】
身長179cmとCBとして決して大柄ではなかった坪井慶介氏は、なぜサッカー日本代表やJリーグの第一線で活躍し続けることができたのだろうか。DFに必要な「準備」を言語化すべく、坪井氏がキャリアの中で身につけていったディフェンス論を、余すところなく語ってもらった。(構成:舞野隼大) 【2024明治安田Jリーグ スケジュール表】TV放送、ネット配信予定・視聴方法・日程・結果 J1/J2/J3
浦和レッズで井原正巳さんから受けた大きな影響 僕が思う理想のディフェンダー像は、抽象的に言うと“安心感を与えられる選手”であることですね。例えば守備で「自分が抜かれても、この人が後ろにいればカバーしてもらえる」と思われたり、ビルドアップでもプレッシャーを受けた時に「この人へボールを下げれば、ちゃんと展開してくれる」でも、なんでもいいと思っています。 僕の経験で言うと、新人の時に浦和レッズで一緒にプレーした井原正巳さんですね。当時チームを率いていたのはオフト監督で、井原さんが3バックの中央にいて、新人の僕が右に配置されていました。 当時の井原さんは35歳で、全盛期の速さはなかったですけど、経験に基づいた読みがありましたし、若い僕のスピードをうまく使って守るということをしていました。ゲーム中も、すごい事細かに指示を出すわけではなく「いるから大丈夫だよ」、「ツボ、今は潰しにいっていいよ」とパッと的確に言ってくれるので、新人の時でも安心してプレーすることができて、大きな影響を受けました。 守備は受け身なので、相手の選択肢を限定しないといけません。相手が前を向いてパスを出せるし、ドリブルもできるし、シュートも打てるという、相手がなんでもできる状態なら、対応のしようがありません。 前で溜めを作るプレーを消すなら、背後を突かれてもある程度追いつけるようにしておくとか、シュートコースは絶対に切っておくとか。その代わり、パスはある程度の限定しかできないから周りと連係を取るとか。 相手の選択肢を減らす作業をするには、こちらがいい準備を早くするしかありません。そこを個でもユニットでもやらなければいけない大変さはありますが。 W杯は「身体能力だけでは勝てない」。1対1に必要な優先順位とは 2006年にワールドカップを戦った時は、「身体能力だけでは勝っていけない」と痛感しました。オーストラリア代表のFWマーク・ビドゥカは、190cm近くあった上に身体の使い方もうまくて間合いに入れませんでした。 どうすればボールを奪いにいけるかを考えて、ちょっと離れてからトラップ際を狙ったり、その前段階でインターセプトを狙うとか、くっついておいて離れてからもう一度当たるといったことをしていました。あとは僕が右なのか左なのか、どちらから取りに来るかを読ませないようにしていました。 空中戦で大きい選手のマークにつく時は「先に潰れるからカバーしてくれ」と事前に味方に言って、一緒に飛んで相手にも触らせないようにわざと被って後ろで処理するというのをよくやっていました。後ろから飛ぶと相手に乗ってしまってファウルになることが多いので、あとは横で飛ぶことも意識していました。 1対1で相手と対峙した際は、優先順位を整理していました。出し手がパスを出せる状況の時に、「インターセプトを狙いたいけど無理だな。じゃあ前を向かせないようにしたい。でも前を向かせないのもちょっと無理そうだな」と思ったら「前を向かれてもいいから、なるべく寄せて制限をかけていこう」というように、優先順位をパン、パンと整理できるかどうかですね。 試合を見ていると「これをインターセプトにいくのは無理でしょ」という状況でも奪いにいくCBがいますけど、それは優先順位が自分の中で整理できていなくて「俺が狙う!」ということしか考えられていないからですね。それを一瞬で判断するためには繰り返しになりますけど、「いい準備」が大事になります。“情報処理能力”が速くないといけませんし、その判断スピードは僕も試合をやりながら身につけていきました。 湘南ベルマーレで浦和レッズの経験が活きた 湘南ベルマーレに移籍した時に、ディフェンダーとしてすごく視界が開けた感じがしました。歳を重ねて何個か先のプレーを読めるようになったことと、曺貴裁監督に3バックの中央を任されて「ここにボールがあって、ここにプレスをかけたら次はこことここにしかパスは出てこない」とか「ここを縦切りしたら、次は1タッチでこっちに出てくるから、ここの横パスを狙ってほしい」といった指示を出すようになりました。 当時の湘南は積極的にプレスにいく反面、剥がされたときに大きなスペースが生まれてしまう。自分が井原さんのような立場になった時に「あ、なんでもプレスにいけばいいってもんじゃないな」とそこの難しさは感じました。今はゴールを守るべき時間なのか、奪いにいく守備なのかというメリハリをつける必要があると湘南でのプレーを通して感じました。 若い時の方が目の前の相手をどう潰すかを考えることが多かったですけど、経験を積んでいくにつれて指示を出すことが増えました。 浦和で一緒にプレーした阿部勇樹や鈴木啓太はとても理解力がある選手なので、「阿部、右ななめ後ろ」とか「今は行かないで」、「(スペースを)埋めて」、「啓太ちょっと右」の一言でなんとなくわかってくれました。でも当時の湘南は若い選手が多く、明確に言わないといけないという状況でしたが、浦和での経験がすごく活きましたね。 湘南で、一度のスローインで3人ぐらいの選手に「こっちを切って」、「お前はこっちを切って」、「お前はここを狙ってくれ」とパン、パン、パンって一気に言っていたら「ツボさん何個言うんですか」って言われたことがあります(笑)。 「ツボさん、仙人じゃないですか」 準備が大事というのは、試合以外にも言えることですね。レノファ山口FCではコンディションを良くするためにも早くグラウンドに行ってストレッチをして、練習後もケアをしなければいけなかったので大体最後に帰っていました。後に来て先に帰る若手からは、「ツボさん、ここに住んでます? 仙人じゃないですか」ってイジられていました(笑)。当時は39、40歳の年で、肉体は年齢と共にどうしても衰えてしまいますが、そういった準備がプレーに繋がっていました。 準備の大切さは解説者になった今でも同じです。自分が解説を担当するチームの過去3試合は見たいと思っているので、1試合を解説するために計6試合は見ています。第1節からのメンバーとシステムがどう変わったかを全部メモに記していて、そうするとなんとなく「この時にこの選手が変わっていて、この時に3バックになって、この時にこことここの組み合わせが変わっている」というのがわかってくるんです。 でも、現役の時は自分の試合、対戦相手の試合もほとんど見ていませんでした。それには理由があって、事前情報を入れてしまうと、それが固定概念になって、その逆を突かれたときに対応できなくなってしまう。だから、見ていたのは編集されたスカウティングの映像だけ。仕舞いには「スカウティングの映像もいらないから、この選手は足が速いのか、遅いのか。右利きか左利きかだけ教えてくれ」と言ってました(苦笑)。 試合をちゃんと見ておけば、右と左で相手の崩し方が違うとか、得意としている形や苦手な時間帯が前もってわかる。試合前の準備もちゃんとしていれば、トップ・トップの選手になれたんじゃないかなって思います。 (構成:舞野隼大) プロフィール:坪井慶介(つぼい・けいすけ) 1979年9月16日、東京生まれ。四日市中央工業高校、福岡大学を経て、2002年に浦和レッズに加入。ルーキーイヤーにリーグ戦30試合に出場し、新人王、フェアプレイ賞、ナビスコカップニューヒーロー賞を受賞し、翌年には日本代表、Jリーグベストイレブンに初選出される。06年にはFIFAワールドカップドイツ大会に出場するなど、日本代表として通算40試合に出場。15年から湘南ベルマーレ、18年からレノファ山口FCでプレーし、19年限りで現役引退。現在は日本代表、Jリーグ、プレミアリーグなどで解説者を務める傍ら、タレントとしてテレビなどのメディアにも多数出演している。
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