消えた右。井上尚弥の衝撃70秒KOは計算されていた
ボクシングの最強決定トーナメントのワールドボクシングスーパーシリーズ(WBSS)が7日、横浜アリーナで行われ、WBA世界バンタム級王者の井上尚弥(25、大橋)が元WBA同級スーパー王者で4位の挑戦者、ファン・カルロス・パヤノ(34、ドミニカ共和国)を1ラウンド1分10秒で衝撃KO勝利で準決勝へ進出、同王座の初防衛に成功した。出したパンチはたった3発。「最初で最後のパンチ」(井上)となる右ストレートの一撃で、元世界王者を葬ったが、実は、パヤノの対策として準備され計算されたKO勝利だった。井上は、日本人ボクサーの世界戦最短KO記録、最多連続KO、通算最多KOの3つの記録を更新。今月20日に米国で行われるIBF同級王者、エマヌエル・ロドリゲス(26、プエルトリコ)対ジェイソン・マロニー(28、豪)の勝者と来年3月にも米国で対戦することになる。
消えた右ストレート
敗者の控え室。 パヤノのトレーナーが突然、話に割って入った。 「その質問は失礼だ。敗者にする質問じゃない」 衝撃の右ストレート。その衝撃度を確かめようとする日本人記者の質問に陣営は血相を変えた。 パヤノが逆にトレーナーをなだめて返答はした。だが、それだけ元世界王者陣営は、このWBSSに賭けていたのだ。 「井上は、大変強くハードパンチャーだった。決して油断していたわけじゃないけれど、見えなかった」 右ストレートが消えたのである。 いや正確には消したのだ。 開始わずか70秒。ファーストコンタクトとなる2発のパンチが、試合に決着をつけた。左のまるでストレートのようなジャブを内側からねじこんでおき、間髪入れずに右ストレート。いわゆるワンツーにパヤノはスローモーションのように腰から落ちた。 「手応えがもの凄く拳に伝わってきて、かなり効いているのがわかった。この一撃で終わったという手応えがあった」 パヤノの目は逝っていた。パヤノは上半身を起こそうとするが、力が入らず、体をねじるだけ。レフェリーは10カウントを数えた。 1万人。最上部席まで人で埋まった横アリの観客が総立ちになった。スポットライトがまるで光の檻を作ったリングが大歓声に包まれる。 「最後のパンチ。いや、最初のパンチでもあったんですが、ジャブを内側から入れた。めくらましです。死角を作ってからの右ストレート。練習していたパンチでもあったんです。距離感もそうですが、出会い頭というか、一撃がフィットしたというか、そういう感じだった」とは、本人の解説である。 左のジャブをねじこんだことで、パヤノは反応して、少し体を斜めにして動いた。だが、直線的な動きをするパヤノにとって、その動きは、逆に次に飛んでくる右ストレートの死角の位置に動くことになったのだ。 衝撃に構えることもできず、見えない右を、もろに受けたのだから、当然、ダメージは倍増する。 しばらくして、パヤノは立ち上がり井上に握手を求めたが、鼻血が噴き出し、その足は、まだぶるぶると震えていた。試合直後のWBSSのインタビューアーはフィニッシュブローをボディと勘違いした。速すぎて見えなかったのだ。 実は、父であり専属トレーナーである真吾氏は、事前にビデオを見て、まるでフェンシングのように前後に直線的な出入りをするサウスポーのパヤノに対しては、このワンツーが効果的であるという結論を出して練習を重ねてきた。 真吾トレーナーが言う。 「あの左は内側からも外側からもパヤノ想定のサウスポーにスパーでも当たっていたんです。直線的に動くでしょう。やりやすいイメージはあったんです。お互いに瞬間を見切った。ドンピシャの一発。あの流れでたまたまはない。しっかりと踏み込みを入れていた。尚のスピードに反応できなかった」