消えた右。井上尚弥の衝撃70秒KOは計算されていた
トランクスに長男「明波」の名を刺繍
トランクスにはベルト付近に「明波」とオレンジ色の刺繍を入れた。5日に1歳となった長男の名前だ。これまで将来的に、長男にいらぬプレッシャーをかけたくないとの思いもあり、名前は非公開としてきた。だが、今回、WBSSの規定で広告を入れることができないため、父が設立した会社の「明成塗装」と入っていたところに我が子の名前を入れた。 井上は、最後まで悩んでいたが、真吾トレーナーが「こだわりがあるのもわかるけれど、トーナメントの初戦なんだから、子供の名前でいけよ」と背中を押したという。 井上が言う。 「まだ会話はできないんですが、家では“がんばるよ”と語りかけて、気持ちを奮い立たせてきた。その名前がトランクスにあるだけで、がんばるひとつの理由にもなる」 試合後のリング上では明波君を抱き抱えた。 ちなみに命名には「明るく。明成塗装の明から取った。波のように元気に育ってほしい」との願いがこめられているという。「将来、成長してから映像を見てくれたら、最高の思い出になるね」と相好を崩した。 「でもね。息子をリングに上げるのは、これが最初で最後」 そういう井上に大橋会長が「次は優勝したときでいいんじゃない」と薦めると井上は「考えておきます」と笑った。 試合後の会見はWBSSの仕切りで日本語通訳付きの英語で行われた。風呂敷は広げるが肝心なことは煙に巻くWBSSプロモーターのカレ・ザウーランド氏は、最大級の賛辞。 「モンスターぶりを見せた。爆弾が着弾してショックウエーブが起きた。これはただの1勝ではない。ジョシュア、ワイルダー、カネロ、ゴロフキンらのハードパンチャーがいるが、階級を超えて、井上が地球でナンバーワンのハードパンチャーであることを確認したよ」 世界戦における日本記録も3つ更新した。 「記録はついてくるもの」と語っていた井上は、日本人メディア用の囲み会見で「トリプルの記録って何と何と何なんですか?」と逆に質問。 元WBA世界ライトフライ級王者、具志堅用高の6連続KOと、元WBA世界スーパーフェザー級王者、内山高志の通算10試合KOを超え、元WBA世界スーパーライト級王者、平仲明信の持つ92秒の最速KO記録さえ塗りかえた。 だが、強いがゆえの悩みがある。 5月のマクドネル戦は112秒、パヤノ戦が70秒では、強すぎて課題が見つからないのだ。真吾トレーナーも「何も言うことがない」と苦笑いである。 「伸ばすために悪いところを見つけるのが自分の役目。マクドネル戦の時は、つめるときに雑なところがあった。早い決着の中でも課題はあったが、今回、駆け引きをしながらパンチを見切って集中して、あれだけの綺麗なタイミングで倒した。次の対戦相手を見て対策を練ることしかできない」 もう練習中も「気を緩めるな!」「集中しろ!」とメンタル面のアドバイスしかできないという。 井上は、この試合で、多少、パヤノがラフにくることを想定して「ラフファイトや、揉みあいになること」を体験できるとも考えていた。だが、一発のパンチをもらうことなく、2発のパンチで勝敗は決した。 「未知数な面はあるけど、今日みたいな試合のほうがいい。練習で課題をクリアすれば大丈夫。大事なのは基礎。基礎をもって固める。ひとつひとつ集中して1日、1日やっていけば」 120か国以上のボクシングファンに大きな衝撃を与えて「重要なのは基礎」だという。これからトーナメントを戦う6人のボクサーは寒気がしたのではないか。 次戦はロドリゲスvsマロニーの無敗対決の勝者との準決勝。来年3月、米国が開催予定地だ。 井上陣営は、20日に米国オーランドで行われる、そのロドリゲスの試合を観戦に訪れ、その目で勝者を確かめるが、井上は「ロドリゲスが勝つだろう」と言い、準決勝に進むことのできなかったパヤノも「井上がロドリゲスに勝つだろう」と、18勝無敗12KOのホープの勝利を予測した。 ちなみにマロニーの方は5月に井上との対戦経験のある河野公平(ワタナベ)を6回にTKOで下している。 パヤノは、そして、こうも続けた。 「優勝最有力候補に値するのは井上だ」 WBAの同級スーパー王者のライアン・バーネット(無敗)、“レジェンド”元5階級王者、ノニト・ドネア(比国)、WBO同級王者のゾラニ・テテ(南アフリカ)らが、トーナメントに参加しているが、日本生まれのモンスターに1ラウンド以上持ち堪えることのできる骨のあるボクサーは、果たして、この中にいるのだろうか。 (文責・本郷陽一/論スポ、スポーツタイムズ通信社)