お客様第一の経営では、業績は向上しない?期待に応えても、水準が引き上げられて…そのしわ寄せが行き着く先とは
◆必ずしも企業成長に結びつかない これは顧客満足のジレンマと呼ばれ(佐藤2005)、ある時点の満足達成が、次の時点の期待水準を高めてしまうところに本質的な問題がある。 現実には企業間競争も行われるから、顧客満足の追求をめぐる活発な競争の展開が、市場全体の顧客の期待水準を引き上げることになる。 したがって、顧客満足の追求は、必ずしも企業成長に結びつくものではなく、時間軸で見ると個別企業の持続的成長を難しくしていく。 この限界を乗りこえるには、相応の画期的なイノベーションが必要となり、先に挙げた企業はまさにその成功例と言えるが、競争のなかでその優位性が長期に発揮される保証はない。 さらに、顧客満足の追求には、当事者以外に負担が及ぶ外部不経済の問題があることも知られている(宮崎2011)。 個々の企業が、それぞれ顧客満足の追求に焦点を当てるがゆえに、その周辺や第三者に生じる不利益や不満足に関心が及びにくくなってしまう。
◆顧客満足が第三者に与える影響 たとえば、多くの顧客が乗用車を購入し、企業利益と顧客満足が達成されたとしても、多くの購入者の存在によって道路の混雑や渋滞が深刻化すれば、都市全体の機能低下につながり、購入者以外も不利益を蒙こうむる。あるいは、自動車がもたらす大気汚染、騒音、交通事故なども、第三者にまで深刻な負の影響を与える(宇沢1974)。 要するに、顧客満足の追求は、社会全体から見て望ましい結果をもたらすとは限らないのである。しかも、企業も顧客も満足してしまうために、そのことが不可視化されやすい。 『消費者と日本経済の歴史』では、以上に見た顧客満足の追求をめぐる問題点、すなわち(1)生産性上昇とのトレードオフの関係、(2)時間軸で見た期待水準の上昇、(3)外部不経済の発生とその不可視化という三点をまとめて、広義の顧客満足のジレンマと呼ぶ。 これらの問題点があるにもかかわらず、企業は競争のなかにあって、顧客満足の飽くなき追求から降りられないのである。