仕上げの美しさと希少性で高く評価される‟ベビー・ナンブ”【南部式自動拳銃(小型)】
かつて一国の軍事力の規模を示す単位として「小銃〇万挺」という言葉が用いられたように、拳銃、小銃、機関銃といった基本的な小火器を国産で賄えるかどうかが、その国が一流国であるか否かの指標でもあった。ゆえに明治維新以降、欧米列強に「追いつけ追い越せ」を目指していた日本は、これら小火器の完全な国産化に力を注いだのだった。 南部式大型自動拳銃の開発に続く流れで、同銃を小型化した南部式自動拳銃(小型)も開発された。実質的には前者をスケールダウンしたメカニズムと外観を備えているが、弾薬は8mm南部弾ではなく、新たに7mm南部弾が開発された。 7mm南部弾は、発射する銃と同じく8mm南部弾をスケールダウンしたボトルネックの外観を備えており、8mm南部弾が242ft.lbfのマズルエネルギーだったのに対して、7mm南部弾は80ft.lbfにしかすぎなかった。これは9mm26年式拳銃実包の79ft.lbfとほぼ同等で、軍用拳銃弾薬ではなく護身用拳銃弾薬としかいえない弱威力である。 しかし南部式自動拳銃(小型)は、拳銃を私物として私費で調達する士官や、拳銃所持許可証を持つ民間人向けに開発されたものであり、ゆえに使用する弾薬も、護身用拳銃弾薬としての威力があれば十分だったため、この点は問題とはならなかった。だがその代わり、本銃の普及に大きなネックとなる大きな問題が別に存在した。 それは、あまりに高価であったことだ。南部式自動拳銃(小型)は、1挺(いっちょう)180円ほどで販売されたが、コルト・ハンマーレスが100円前後、ハーリントン&リチャードソンのリヴォルバーが30円台で購入できたため、使用する弾薬が国産の特殊な弾薬であることも含めて、購入者がきわめて少なかったのだ。 しかしブルー・フィニッシュの仕上がりは芸術品並みの美しさで、これに、よく研磨したうえで入念なニッケル・メッキが施された銀色に輝くマガジンと、節などがなく木目の乱れもない厳選された高級クルミ材にチェッカリングが刻まれたグリップが付属した。 このような仕上がりであったことから、陸軍の士官向けの各種学校を優等で卒業する者に、天皇陛下から下賜の品として「恩賜」の刻印が刻まれて贈られた。 生産数はごく少なく、東京砲兵工廠(ほうへいこうしょう)で5900挺、東京瓦斯電気(がすでんき)工業で550挺が生産されたといわれる。 後年、欧米の銃器愛好家は南部式大型自動拳銃(甲)を「グランパ・ナンブ」、南部式大型自動拳銃(乙)を「パパ・ナンブ」、本銃を「ベビー・ナンブ」の愛称で区別するようになった。これらの銃はいずれも希少だが、特に本銃の恩賜の文字が刻まれたものは、現在では歴史遺産としての扱いに近く、途方もない高額で取引される。しかし市場に出ることすら稀だという。
白石 光