75台限定のメルセデス・ベンツSLRマクラーレン・スターリングモス、最終生産車に秘められた“王”の痕跡
メルセデス・ベンツSLRマクラーレンは、2003年から2010年にかけて生産された類い稀なるスーパーカーだった。1955年に世界スポーツカー選手権で活躍した300SLRにインスピレーションを得て、メルセデス・ベンツとマクラーレン(当時はメルセデス・ベンツが大株主だった)がタッグを組んで市販化した。 【画像】特別感が半端ない!強烈な深紅のメルセデス・ベンツSLRマクラーレン(写真17点) まずはクーペのみでデビューし、後にスターリング・モス卿とデニス・ジェンキンソンが300 SLRで1955年のミッレミリアで勝利した際のゼッケンに由来する、よりパワフルな仕様の「722エディション」が投入され、ロードスター、722Sロードスターとバリエーションを増やしていった。 メルセデス・ベンツSLRスターリング・モスは、メルセデス・ベンツSLRマクラーレンをベースに内外装に特別なカスタマイズを施した世界限定75台のスペシャルモデルが2009年4月に公開された。その名のとおり、モチーフは1950年代のレース界で活躍したレーシングドライバー、スターリング・モス卿と1955年型メルセデス・ベンツ300SLRである。ルーフもウィンドウ類も省略されたオープンスタイルとなり、運転席と助手席の前には小さなガラス製の虫よけ用スクリーンのみが設置される。 シート後方には「エアロダイナミックロール」と呼ばれるロールバーが設けられ、往年のレーシングカーを思わせるフォルムとなった。また、助手席部分を取り外し可能な専用カバーで覆うと、レーシングカーのようにボンネットからシート後方までをフラッシュサーフェス化することもできる。公道を走れるメルセデス・ベンツ車でここまで過激なものは、稀だ。 車両重量も標準のSLRと比べて200kg削減され、1,620kgとなっている。エンジンは722/722S譲りの最高出力650を叩き出す5.5リッター・スーパーチャージャー付きV8。0-100km/h加速は3.5秒、トップスピードは350km/hという化け物に仕上がっていた。当時の価格はオプション抜きで89万2,500ユーロ、今とは換算レートが異なるが日本では1億1,000万円だった。 そんな75台しか存在しないSLRスターリング・モス、今年の主要オークション市場では原稿執筆時点(11月末)までに3台が出品された。 2024年3月、ドバイでRMサザビーズが主催したオークションでは、2009年式の一台が321万1250ドル(約4億8,600万円)で落札された。この車両の走行距離は9,233kmだった。続く7月にドイツで開催されたRMサザビーズのオークションでは、ほぼ新車同様の2010年式が335万5,000ユーロ(約5億3,600万円)という高値で落札された。この個体の走行距離はわずか45kmに過ぎなかった。直近では10月にはベルギーでボナムスが主催したオークションにて、同じく2010年式の個体が322万ユーロ(約5億1,400万円)で新たなオーナーの手に渡った。この車両も走行距離が50kmと極めて少なく、コレクターにとって魅力的な状態を保っていた。 いずれも新車時価格と比較すると、価値が“暴騰”している様子がうかがえる。もはや不動産を買うよりも、スポーツカーの限定車を購入したほうがリターンが大きい時代なのか? ボナムスに出品された個体は“最終生産車”という付加価値があったが、7月に落札された同じような走行距離のモノよりも約2,000万円安かった。ただ、この3か月で富裕層の財布の紐が引き締まった、と解釈するのは早合点。というのも、このクラスになると“一声”の応札で1,000万円ずつ刻まれるからだ。要は“誤差”に過ぎない、ということ。特別色の赤いエクステリアカラー、「シルバーアロー」と名付けられた赤いレザーに黄色のステッチ、ゴールドに塗られたキャリパー、と前オーナーの個性が強めではあるが… ボナムスによる車両解説には「新車デリバリーはスイス」、「直近のメンテナンスは、イギリスのスペシャリスト、サットン・モーターカンパニー」という気になる2つのフレーズ… 実はボナムスにて今年、出品された「SLRクラウンエディション」にも同じ文言をよく見かけていたのだ。SLRクラウンエディションはバーレーンの国王が10台発注(贈答用だったらしい…)した特別仕様車で、“標準車”なのに722エディションと同じエンジン、足回りやエアロパーツを装着している。そして、クラウンエディションを名乗るだけに文字通り「王冠」の刺繍がシートにあしらわれていた。 車両解説には特に記載がないものの、写真を詳しく見ると興味深い発見があった。シートには刺繍こそないが、サイドシル部分にクラウンエディションと同じデザインの王冠オーナメントが存在するのだ。このことは、本車両がバーレーン国王との関係を示唆している可能性を感じさせる。もしそうであれば、この最終生産車の歴史的価値は、将来さらなる評価を受ける可能性を秘めている。その意味で、今回の落札価格は“お買い得”だったのかもしれない。 文:古賀貴司(自動車王国) Words: Takashi KOGA (carkingdom)
古賀貴司 (自動車王国)