南沢奈央が心の拠り所にする「涙が溢れるくらいにまぶしい」作品とは? 岐阜滞在のお供に選んだ癒やし系の“ネコ人生漫画”
わたしの心の拠り所
わたしは今、「アーティスト・イン・レジデンス」というプロジェクトで、舞台制作・公演のために岐阜県可児市に滞在している。約1カ月半、家を離れることになるため、いかにその期間、仕事以外の時間を充実させられるかを考えたときに本は必須だった。できるものなら本棚ごと持っていきたいくらいだったが、持っていける量も読める時間も限られている。最終的に15冊の本を選んだ。 そのなかで、まず最初に決めた一冊が、ねこまきさんのコミック『トラとミケ6 たのしい日々』だった。というかこれは、本のカテゴリーというよりは、入浴剤やフレグランスなどと同様に、癒やし/和みアイテムとしてチョイスした感じだ。疲れたとき、ほっとしたいとき、やさしい気持ちになりたいときに、これがあれば大丈夫だと思えるのである。 未読なのにここまで信じられるのは、この「トラとミケ」シリーズのファンだからだ。これまでこの読書日記でも2度ほど紹介しているが、毎巻毎話、ほっこりして、ぐっときて、ほろっとなって、最後にはとても穏やかな気持ちになっている。今回もきっとそうだろうと全幅の信頼を寄せ、一緒に可児にお供してもらったのだ。 だがいざ可児生活が始まると、いつ手に取ろうかと迷う。とても大切な、癒やし/和みアイテムだからだ。ショートケーキの苺は最後に食べるタイプなので、楽しみは先に取っておきたいと思ってしまう……。 ちなみに他に持ってきた本は、タイミングや気分に合わせて、いろんな読み方をしている。枕元に置いておいて、毎晩寝る前に一篇ずつ音読しているような詩集もあったり、先日の中秋の名月に合わせて月にまつわる短歌集を味わったり、毎朝ちょこちょこつまみ読みするエッセイがあったり。 結局、この癒やし/和みアイテムは、台本の台詞もすべて入ったタイミングで、一旦緊張を緩めたいと思って開くことになった。
本を開いたらもうそこは、憩いの場所。「ただいま」とか「ひさしぶり」と言いたくなる、安心感。いつも変わらず老舗のどて屋「トラとミケ」にいてくれる、トラさんとミケさん。そしてそこに集まる常連のみなさん。あぁ会いたかった。 今回は、「トラとミケ」の常連客であり、町内会会長兼敬老会会長の清水健一郎とカツ子夫妻の生き様が描かれていく。会長は御年85歳だが、バスにお年寄りが乗ってきたら優先席を譲ってしまうくらいに正義感が強い。カツ子さんは、いつも三歩下がって会長を支えるような“ザ・昭和の妻”で、穏やかな人だ。 ある日、カツ子さんが過労で倒れて入院したことをきっかけに、二人は大きく変化していく。誰かの為にと外にばかり向いていた会長は、カツ子への思いやりを思い出し、そんな会長を見てカツ子は、自分のしたいことや我儘を言えるようになる。二人はお互いの愛情も再確認していく。長年連れ添ってきた夫婦だけど、こうして関係性が進化しつづけるって本当に素敵だ。そして、もういい年だからと、残された時間をあえて意識して新しいことを楽しんでいこうという二人の姿はとても輝いていて、涙が溢れるくらいに眩しい。 本書は、この二人が桜を見る場面で始まり、季節が巡り、また二人が桜を見る場面で締めくくられる。この最初と最後の変化が、今回の最大の見どころだろう。
なぜか読み惜しみしてしまっていたが、この癒やし/和みアイテムは、一度使ってしまっても無くならない。いつでも、何度でも手に取っていいのだ。そのたびにわたしを、ホッとさせてくれるはず。 トラさん、ミケさん、会長、カツ子さん、他の常連のみなさん。残りの可児生活もどうぞ、よろしくお願いします。