鹿島が4人の高卒ルーキーパワーで神戸と執念ドロー演出
染野が選んだのは左方向への横パス。ペナルティーエリア内に生じたわずかなスペースの向こう側では、土居聖真がパスを受ける体勢を取っていた。ヴィッセルのセンターバック、大崎玲央とダンクレーも土居を警戒する。しかし、荒木もまた自身の前方に生じたスペースに気がついていた。 「何かが起こると思って、前方のスペースへ走り込んだらちょうどボールが来て。ファーストタッチしてから冷静に相手のキーパーを見ながら、シュートを打てたことがよかったと思っています」 アラーノへ横パスを出した後にピッチへ倒れ込んでいた荒木は、すぐに立ち上がってスプリントを開始。土居の眼前でパスをカットするように左足でトラップし、ひと呼吸置いてから右足を一閃した。 突然視界に飛び込んできた荒木の動きに、そして直接シュートを打たずにトラップした選択に大崎、ダンクレー、そしてヴィッセルの守護神・飯倉大樹の全員が翻弄される。体勢を立て直し、必死にダイブした飯倉が伸ばした右手の先をかすめて決まったプロ初ゴールに荒木が声を弾ませた。 「同期のみんながゴールを決めていたので、自分も、という気持ちがありました。(染野とは)練習中や試合中でもよくコミュニケーションを取っているので、一番合いやすいし、合わせやすいです」 敵地で12日に行われた清水エスパルスとのYBCルヴァンカップ。すでにグループステージ敗退が決まっていた状況で、ザーゴ監督は荒木、染野、ユース出身のGK山田大樹と3人の高卒ルーキーを先発フル出場させ、後半11分からは同じく高卒ルーキーのMF松村優太(静岡学園)を投入した。
果たして、同36分に荒木のアシストから染野がプロ初ゴールとなる同点弾をゲット。5分後には松村もプロ初ゴールで共演し、鮮やかな逆転勝利をあげた。中3日で迎えたヴィッセル戦で、身長190cm体重72kgのサイズをもつ山田がリーグ戦初先発をゲット。すでにリーグ戦でもデビューしていた荒木と染野に続いて松村も初めてベンチへ入り、ザーゴ監督から声がかかる瞬間を待ち続けた。 アントラーズでは元韓国代表の35歳、クォン・スンテが2017シーズンから守護神を拝命。41歳の大ベテラン、元日本代表の曽ヶ端準がリザーブとしてスタンバイしてきた。しかし、ザーゴ監督は「キーパーにも世代交代が必要だ」と明言し、サガン鳥栖との前節ではユース出身の3年目、20歳の沖悠哉を抜擢。沖が完封勝利を飾ると、今度はルヴァンカップを含めて山田を続けて起用した。 「他に選手がいないから若手を使っているわけではない。プレッシャーのかかる公式戦でルーキーが自然体で能力を発揮するのは難しいが、彼らはそうした点を上回るほど練習へ意欲的に取り組み、スポンジのようにアドバイスを吸収する人格をもっている。だからこそ起用しているし、若くて有望な選手が育つことはアントラーズのためだけじゃなく、日本サッカー界のためにも重要だと思っている」 今シーズンから指揮を執るブラジル人指揮官の言葉と、常勝軍団の軌跡が重なってくる。曽ヶ端がユースから昇格した1998年シーズン。高校サッカー界で活躍した本山雅志(東福岡)、中田浩二(帝京)、そして小笠原満男(大船渡)の同期生たちは、2000年代に訪れた黄金時代の担い手になった。 歴史が繰り返されるかのように、ユース出身の山田、今冬の全国高校サッカー選手権を制した松村、2年生で全国選手権の得点王を獲得した染野が同じユニフォームに袖を通した。福岡県予選で敗れ、今冬の全国選手権には出場できなかった荒木が、相乗効果とは異なる意識が働いていると明かす。 「この前のルヴァンカップからルーキーの4人が一緒に出ているなかで、自分としては同期には絶対に負けたくない。競争意識という部分の方が強く、そのなかで今日のようなゴールという結果を出せた。ただ、同期だけじゃなくて先輩たちにも、思ったことや自分の意思を伝えられる環境のなかで日々のトレーニングをできていることが、本当に大きいと思っています」 ピッチ上では例え一時的な衝突が生じてでも忌憚なく意見を激しくぶつけ合い、ピッチを離れれば家族のような絆で結びつき合う――いま現在はアントラーズのテクニカルディレクターを務める神様ジーコは、常勝軍団の礎を築き上げた黎明期にクラブの理想像をこう定めている。