【感染症の文明史】温暖化で北上するヒトスジシマカ : 熱帯病の恐怖が東京ばかりか、東北にまで差し迫る
石 弘之
地球環境の変化に伴い、熱帯や亜熱帯に生息する蚊が媒介する感染症が東京やニューヨークを襲うようになった。温暖化の影響でその生息域は広がりつつあり、スペイン風邪なみのパンデミックがいつ起きてもおかしくない。
都心に熱帯病が出現
まるでパニック映画のような事件だった。東京のど真ん中で突然、熱帯病の流行が始まったのだ。2014年8月25日、都内の女子高生が高熱と全身の痛みで病院に運ばれた。国立感染症研究所が検体を分析したところ、デング熱と診断された。同じ学校に通う他の2人も感染していた。3人はいずれも海外渡航歴がなく、都心の東京都立代々木公園で課外活動中に蚊に刺されたことから発病した。 約70年ぶりのデング熱の国内発生は大ニュースになった。代々木公園ではさまざまなイベントが開催され、年間500万人以上が利用する。近くには渋谷や原宿などの繁華街もある。この騒動で都は公園を閉鎖し、蚊の発生を抑えるため殺虫剤をまき、噴水池の水も抜いた。至る所に「蚊にご注意」と警告する看板が立てられた。
その後次々に感染者が見つかり、約2カ月後の10月15日までに、北は青森県、南は高知県まで19都道府県から感染者が報告された。最終的に、都内では108人、全国で162人が感染したが、幸いなことに重症者はいなかった。 デング熱ウイルスを媒介するのは、熱帯や亜熱帯に生息するヒトスジシマカやネッタイシマカ。刺されると蚊の唾液とともにウイルスが体内に侵入する。そのヒトの血を吸った蚊が別のヒトを刺すことで、感染者が広がっていく。私もタイで感染したことがあるが、突然の高熱につづいて頭痛と吐き気に襲われ、湿疹が現れる。英語ではBreak bone fever(骨折り熱)と呼ばれているとおり、耐えがたい関節の痛みに襲われた。 デング熱は古くから知られた感染症で、最古の記録は10世紀の中国にさかのぼる。第2次世界大戦中から戦後にかけてフィリピンとタイで広がり、東南アジア全域に拡大し、その後米国でも発生した。日本でも、第2次世界大戦中に、神戸、大阪、広島などで流行し、感染者は20万人にも達した。東南アジアからの復員者が持ち込んだとされる。代々木公園ではアジアや南米の国際フェスティバルが開かれ、これらの国からの参加者がウイルスを持ち込んだ可能性もある。 デング熱の感染者数はこの20数年で、世界的に増加してきた。WHO(世界保健機関)によると、2000年に約50 万人だった感染者数が、2024年5月現在、約130カ国で800万人に達している。特に、ベトナム、バングラデシュ、タイなどのアジア諸国では最悪の流行になっている。ただし、致死率は0.06%と高くはない。 流行の原因の1つは、殺虫剤の効きにくい“スーパー耐性蚊”の出現だ。国立感染症研究所によると、普通の野生の蚊を殺す量の1000倍のピレスロイド系殺虫剤を使わないと死なないという。ピレスロイドは蚊取り線香の有効成分であり、これまで蚊には極めて有効だった。スーパー耐性蚊は、遺伝子の変異によって生まれたと考えられる。