【感染症の文明史】温暖化で北上するヒトスジシマカ : 熱帯病の恐怖が東京ばかりか、東北にまで差し迫る
ニューヨーカーを襲ったアフリカの風土病
アフリカの風土病「西ナイル熱」が、1999年8月23日に米国ニューヨーク市内の住宅地に出現した。8人が感染して高熱や激しい頭痛など髄膜脳炎の症状を訴え、病院に運ばれたが、7人が亡くなった。その後、同市内では5歳から95歳の59人の患者が発見された。市衛生当局は、「急性西ナイル熱脳炎」が原因と発表した。 その後、首都ワシントンを含め全州に広がった。米疾病予防管理センター(CDC)によると、感染者は2022年末で5万6757人、死者は2776人に達した。米国内では社会に定着して風土病化し、さまざまなウイルスが関与する脳炎の中でも、最も多い病因となった。ワクチンが開発されなかったので、全米の感染者数は約700万人にまで広がったと推定される。ただし、感染した人の約80%は無症状だった。その後、流行は米国からカナダや中南米に拡大した。 ニューヨーク市で感染者が病院に運ばれている頃、市内の路上で何百羽というカラスの死体が散乱していた。ついで、野鳥や市内の動物園の鳥類、飼育されているウマなどの死が相次いで報道され、市民はパニックに陥った。死んだ鳥や動物からも同じ西ナイル熱ウイルスが分離され、それがヒトに感染したことが明らかになった。 西ナイル熱ウイルスは、日本脳炎などと同じウイルスの仲間だ。鳥から吸血するネッタイシマカやヒトスジシマカがウイルスを運び、それらの蚊に刺されることでヒトや動物に感染する。米国で感染が確認された鳥類はカラス、スズメなど220種類以上に及ぶ。なぜこの大都市に西ナイル熱ウイルスが侵入したかは謎だ。ニューヨークでの流行の直前にイスラエルとチュニジアで流行しており、そのウイルスが持ち込まれた可能性もある。 1937年にウガンダ北西部の西ナイル地方でウイルスが初めて発見されたことが病名の由来だ。これまでアフリカ、東欧、ロシアなどで集団感染が報告されている。日本では、2005年9月にロサンゼルスから帰国した30代の男性会社員が、国内初の西ナイル熱患者と診断された。