【感染症の文明史】温暖化で北上するヒトスジシマカ : 熱帯病の恐怖が東京ばかりか、東北にまで差し迫る
北上するヒトスジシマカ
米国獣医学会によれば、最も人を殺す野生動物は「蚊」だという。毒蛇、サメなどを押しのけて、「10大危険動物」のトップの座を維持している。毎年100万人もの人が、蚊の運ぶウイルスよって命を失う。英雄アレキサンドロス大王も1匹の蚊にかなわずマラリアで死んだ。蚊の生態を熟知していたはずの細菌学者・野口英世もネッタイシマカを介して感染する黄熱病に倒れた。 中でもネッタイシマカは黄熱病だけでなく、デング熱、西ナイル熱などのウイルスを媒介する凶悪犯だ。発病しても決定的な治療法がない。なぜ、熱帯性の蚊が大都市のど真ん中に出現したのだろうか。それは、都会には空き缶、古タイヤ、よどんだドブ、詰まった雨どいなど、水がたまってボウフラが発生しやすい場所がいくらでもあるからだ。日本では昔、墓参りのときに花入れに10円玉を入れた。こうすると水の中に銅イオンが溶け出して、ボウフラが生きていけないからだ。こんな先人の知恵も継承されなくなった。 しかも、ヒートアイランド現象で都市の気温が高くなって蚊にとっては住みやすい環境になった。以前は感染者の発生は7月中旬から9月上旬がピークだったのに、近年は12月にも発生するようになった。むろん、温暖化の影響も考える必要がある。環境省によると、デング熱を媒介するヒトスジシマカの分布は年平均気温11℃以上の地域とほぼ一致する。今後の地球温暖化で、分布域がますます広がりそうだ。 1950年当時、福島・栃木・茨城県の県境がヒトスジシマカの北限だった。それが、2010年には秋田・青森県でも生息が確認された。環境省の報告書は「2100年までには北海道まで生息域が拡大する」と予測する。 野外のスポーツやイベントが盛んになり、ヒトと蚊の距離が縮まってきた。加えてヒトやモノの行き来が盛んになり、蚊は容易に遠距離を運ばれるようになった。例えば、オーストラリアのダーウィン国際空港で、地元衛生当局がインドネシアからの定期便の機内を徹底的に調べたところ、1年間で5517匹の昆虫が見つかり、そのうち686匹は蚊だった。 米国の人気作家、カール・ジマーは『ウイルスの惑星』の中でこう記している。「蚊を媒介とするウイルスにとって未来はバラ色に見えるだろう。地球温暖化で彼らを取り巻く環境が暖かく湿ったものになるからだ」