「タフなレースになればちょっと有利だと思う」パリ・オリンピックの出場権を得た小山直城は、どのようにして道を拓いてきたのか
残り3kmだったら、どうにかなると思った。
『MGC』の本番、レースは小山の予想とまったく違うものとなった。 「カワさん(川内優輝)が飛び出して、1km3分のペースになって。これだと持たないと思ったけれど、いつか落ち着くと我慢していました」 それでも25kmほどまで川内は独走状態。すばらしい走りであった。 「25kmを過ぎ、カワさんが吸収されて集団が7人になってからはスパートのタイミングを考えていましたね。でも、35kmまではこのままと思っていました。余裕はありましたよ。タイミングを窺って、39kmでみんなが横一線になったとき前に出たんです。残り3kmだったら、どうにかなるんじゃないかと思って」 残り2kmを切ったとき、後方とは10秒の差があると沿道から声がかかる。勝った、と思った。ただ、優勝のテープを切った瞬間には、まだパリに行けるという実感はなかった。疲れていた。寒かった。タオルを肩に掛けられ、国立競技場の優勝インタビューの舞台に小山は立った。受け答えは覚えている?と聞くと、記憶にないという。そこで語ったのは「力勝負では負けてしまうので、集団の力を利用しようと思っていた。運もあったがしっかり勝てたのがよかった」という喜びの言葉だった。 パリまで2か月と少し。まだまだやることは多い。標高900mの山梨県の西湖、1300mの長野県の菅平、最後は2600mのアメリカのボルダーへと練習拠点を移していく。心肺機能向上のための高地トレーニングである。これは、小山にとっても初めての体験だ。はっきり言うが、日本は昔のようなマラソン強国ではない。ただ、パリのコースは150mもの高低差があり、レースが行われる8月10日は気温もかなり上昇するはず。難しい状況であれば、日本選手にも期待できるかもしれない。小山も上位を狙っている。 「とにかく、世界との差は大きいと思っています。最後まで走り切るってことが、まず大前提。タフなレースになりそうなので、日本人にも少しは有利かなと思っています。2時間ちょっとというタイムは無理だけど、8位入賞になら手が届きそうだと考えている。もちろん、その上も狙っていますけど。とにかく、あと少し練習を重ねて、納得のいく結果を残せたら最高ですね」
プロフィール
こやま・なおき/1996年生まれ。170cm、55kg、体脂肪率10%。埼玉県立松山高校3年時に全国都道府県対抗男子駅伝で4区区間賞。東京農業大学へ進み、1年時に関東インカレ2部5000mで5位入賞。4年時は2部5000m5位、10000m2位。本田技研工業に入社。2022年、ニューイヤー駅伝で9人抜き、初優勝に貢献。同年、東京マラソンで初マラソンながらサブテンを達成。23年はエース区間4区でトップに出る快走で連覇に貢献。同年、東京マラソンで2時間8分12秒のタイムを出し、MGC出場権を奪取。MGCでは優勝し、パリ・オリンピック出場を摑む。
取材・文/鈴木一朗(初出『Tarzan』No.880・2024年5月23日発売)