小論文で合格、一族史上はじめての 大学生に…注目の文筆家が直面した 外国人の父とのせつなすぎる“断絶”
フリーターとして過ごす中、訪れた「転機」
ガールズバーで働きながら、SNSに時々きまぐれに文章を投稿して、あとはほとんどなにもせず、1年ほど成金がお遊びで作った会社で「会社員ごっこ」をして、なんの役にも立たない職歴をつけたあげく、またフリーターに戻った。26歳になっていた。モデルでも物書きともいえない、胸を張って名乗るもののない、用途不明の私がいた。恋人だった夏目くんは、私に「甘ったれるな」と言いながら「書き続けて」とも言った。 そんなとき、たまたまSNSでつながっていた人の紹介で、世界の呪物を集めた展示会のパンフレットに寄稿することになった。卒論でアフリカ美術を扱っていた私には多少知識のある分野だったので、私なんかで良いのだろうかと思いつつ引き受けた。 紹介してくれたSさんは、私のファンだとDMを送ってきてくれた人だった。フランスの詐欺師みたいなカイゼルひげを生やしていて、怪しい見た目に反して親しみやすい関西弁で話す、なんとも不思議な人だった。その人は何度も繰り返し、私に言い聞かせるように「亜和ちゃんの文章はすごい。絶対に売れる。大丈夫」と言っていた。 自分ではとてもそんなふうに思えなかったけど、Sさんのその言葉と、大学生の頃から見守ってくれていた森先生に尻を叩かれ書き続け、今日も奇跡は起きないとため息がこぼれかけたある日、ちぐはぐだった歯車は突然すべてが嚙み合ったように前に進み始めたのだった。 Sさんは夜の渋谷の横断歩道でふと私のほうを振り返り、得意げな笑顔を浮かべて静かに「な、言うたやろ?」と言った。私の努力で報われたことなどなにもない。だからせめて、この1冊目は愛してくれた貴方たちに捧げます。私を信じてくれてありがとう。互いの愛おしさに耐えられなかった私たちへ、言いそびれてしまったことが全て届きますように。 伊藤亜和(いとう・あわ) 文筆家。1996年横浜市生まれ。学習院大学文学部卒業。noteに掲載した「パパと私」が注目を集める。本作(『存在の耐えられない愛おしさ』)は初のエッセイ集。
伊藤亜和