「徳川美術館 尾張徳川家の至宝」(サントリー美術館)開幕レポート。武家文化が生んだ名品が一堂に
東京・六本木のサントリー美術館で、名古屋の徳川美術館が所蔵する尾張徳川家の名品を紹介する展覧会「徳川美術館 尾張徳川家の至宝」が開幕した。会期は9月1日まで。 公益財団法人徳川黎明会は、尾張徳川家に伝わった美術品を後世に伝えていくために設立された財団で、徳川美術館と徳川林政史研究所のふたつの施設を運営しているが、なかでも徳川美術館は国宝9件、重要文化財59件を含む約1万点を収蔵している。本展は同館のコレクションを厳選して展示し、尾張徳川家の歴史と格調高い大名文化を紹介するものだ。 展覧会は3章構成。第1章「尚武 もののふの備え」は具足・刀剣・刀装具・陣中道具など、尾張徳川家の武家としての誇りが感じられる品々を紹介している。 会場入口付近で、徳川家の家紋である葵の紋とともに展示されているのが尾張家初代の徳川義直の具足、《銀溜白糸威具足》(17世紀、江戸時代)だ。義直は正月に武運を祈って行われる具足祝いの儀式のために毎年具足を新調したと言われているが、なかでも本品は移動の際にも携帯した好みのものだったという。 太刀もまた武家の伝統においては重要な品だった。本展に出品されている太刀のなかでも、その刀工の名が広く知られているのが《刀 銘 村正》(16世紀、室町時代)だろう。桑名の刀工集団・村正による刀は、名刀ぞろいながらも徳川家に不幸をもたらす「妖刀」とされてきた、という通説が有名だ。しかしこれは後世につくられた俗説であり、本品も家康が所有していたものが遺産として尾張家に分与されたものだ。 ほかにも鉄鍔や火縄銃、重藤弓といった美しく装飾された武具が並び、徳川の威光をいまに伝えている。 第2章「清雅 ―茶・能・香―」は尾張徳川家伝来の貴重な茶道具・能装束・能面・香道具を中心に特集する。 大名にとって茶、能、香は儀礼や外交の場面において非常に重要なものであり、必須の芸道であった。これら芸事のために様々な文物がつくられ、集められ、尾張徳川家の財産となっていった。 本章で展示されている、宮本武蔵筆の《蘆用達磨図》(17世紀、江戸時代)は、まさに文武の双方を兼ね備えることを理想とする、武家の心構えを象徴するような一品だ。剣豪として知られる武蔵は画技にも優れており、本作でも高僧・達磨の姿を無駄のない描線と構図で表現していることが見て取れる。 《織部筒茶碗 銘 冬枯》(17世紀、江戸時代)は、古田織部の作品のなかでもとくに幾何学的な文様が目立つ代表作だ。表千家の了々斎宗左によって、抽象的な植物文様を冬枯れに見立てて銘をつけられている。 徳川美術館の潤沢な能面コレクションも、一部が展示されている。徳川美術館には現在、尾張家に伝えられた能面126面、無言面30面が保存されているという。本展では井関氏や出目氏らの優品を見ることができる。 香を入れる香箱も、高い技術による意匠で彩られていた。《秋の野蒔絵十種香箱》(18世紀、江戸時代)は金粉を蒔いた梨子地に、蒔絵のほか銀鋲や金貝・切金といった様々な技法によって秋の草花が表現されている。 第3章「求美」は武家女性の華やかな小袖、箏の琴・琵琶などの楽器類、囲碁や将棋などの遊戯具、そして書や絵画など、尾張徳川家の由緒ある奥道具を中心に展覧している。 本章では尾張家十四代慶勝の正室であった貞徳院矩姫が着用していた打掛や、金無垢が輝く葵紋をあしらった皿、貝合せの遊びに使われる合貝と入れ物の桶など、豊かな生活を忍ばせる品々が並ぶ。 また、今回は特別公開として、国宝の「初音の調度」が展示替えをしながら紹介されている。「初音の調度」とは、徳川家光の長女・千代姫が尾張家二代光友に嫁いだ際の婚礼調度のことで、『源氏物語』の「初音」に題材をとったことからこう呼ばれる、最高峰の蒔絵技術が見られる一連の品だ。 7月29日まで展示されている《初音蒔絵旅眉作箱》は、旅先で化粧をするための最小限の化粧道具を収めた箱。蒔絵はもちろん、鏡や硯も当時最高峰の職人たちが手がけたと思われる「天下一」号だ。 東京で徳川美術館の至宝の数々を見られる展覧会。武家文化が生み出した名品の数々を堪能してはいかがだろうか。
文・撮影=安原真広(ウェブ版「美術手帖」副編集長)