なぜ大坂なおみは圧倒的強さを示して2年ぶり2度目の豪州OP優勝を果たせたのか?
次を落とせばゲームカウントで逆転される場面で、なおかつファーストサーブを失敗しても浮き足立った様子も見せない。ラリーからフォアの強烈なウィナーを決めてデュースに持ち込むと、そのまま2ポイントを連取してキープ。第10ゲームでは15-40から4連続でポイントを奪うブレークで第1セットを先取すると、第2セットでは立て続けに4ゲームを奪って一気に突き放した。 はちきれんばかりの肉体に改造されたパワーアップと共に今大会で際立ったのは、メンタルの強さだ。自分自身も脆かったと認めていたメンタルがなぜ変わったのか。なぜ瞬時に気持ちを切り替えられるのか。試合後に最大の勝因を問われた大坂は「経験」の二文字をあげている。 「いろいろな経験をしてきたなかで、それらを自分のなかで積み重ねてきた結果として得られたものだと思っています」 競技面における経験ならば、直近では今大会の4回戦があげられる。元世界ランク1位のガルビネ・ムグルサ(27、スペイン)にマッチポイントをダブルで握られる、絶体絶命のピンチから逆転でつかんだ勝利を「パニックになったけど、そのおかげで強くなった」と試合後に位置づけた。 特に過去に決勝戦に進出した大会では圧倒的な強さを示している。四大大会で4回戦を突破すれば、準々決勝以降の戦いにおいて無敗をキープしてきた大坂の神話は、今大会でついに「12」にまで伸びた。 「若かったときは決勝にたどり着くことだけで、ただうれしかった。満足感があったと思うの。若い時は、決勝にたどり着いて満足して、それ以上のことを理解していなかった。でもインディアンウェルズで優勝してからは自分が持っているものすべてで決勝を戦うことができている」
大坂を内側から変えたのはコートの外でさまざまな形で経験した、テニスひと筋だった競技人生を一時停止させた新型コロナウイルス禍だった。ツアーの長期中断を余儀なくされた、昨年3月からの約5ヵ月間で自分自身と向き合った大坂は、今大会中にこんな言葉を残している。 「世界中で起きていることをひとつひとつ見ていたなかで、多くのことを整理できた気がする。それまでの私はテニスの試合で勝ったか負けたかによって、自分の存在価値を計っていた感じだった。自分に対して多くの疑問を抱いていたこともあって、気持ちの浮き沈みも激しかった。でも、いまはそんなことは感じない。一人の人間として、安心して自分自身を見ていられると思っています」 競技以外で始めた活動の代表例が、昨年8月に設立した「プレー・アカデミー with 大坂なおみ」となる。日本の女の子たちがより主体的にスポーツへ参加できる環境を整えるために、助成金の提供やさまざまなイベントの実施、地域コミュニティや各種団体へのサポートなどに取り組んでいくプログラムを通して、自身を育ててくれたスポーツ界への感謝の思いを還元していく。 今年1月にはアメリカ女子プロサッカーリーグの強豪ノースカロライナ・カレッジへ出資し、共同オーナーに就任したニュースが話題を呼んだ。 ツアー再開後の復帰戦となったウェスタン&サザン・オープンでは、ウィスコンシン州で発生した黒人銃撃事件へ抗議する意思を込めて準決勝を棄権すると発表した。アメリカに根強く残る人種差別問題を多くの人に考えてほしい、という使命感が主催者側を動かし、大会日程が一日延期された。 続く全米オープンでは、さらに具体的な行動に打って出た。人種差別行為で命を絶たれた黒人犠牲者の名前が記された特製マスクを、決勝までの試合数に合わせて7枚用意。コートへの入場時に着用する自身の姿を介して、アメリカを含めた世界中へ問題を提起し続けた。 当然ながら、アスリートは政治に関わるなと批判にさらされた。それでも、周囲へ影響を与える立場になったからこそ社会的な問題にも正面から向き合う不退転の決意が、心の強さと2度目の優勝を手繰り寄せた。東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗前会長による女性蔑視発言問題にも、メディアの問いに答える形でオーストラリアの地から意見を発信している。