「笑わなくなった」の真意は…年末の4時間半会見で露呈したプーチン大統領と国民の乖離
■退屈な記者会見を変えた質問
こうしたやりとりを、会場の固い椅子に座ってずっと聞き続けていると集中力は続かない。2時間ほど経過したあたりから質問者用のマイクを運ぶ女性スタッフは、プーチン氏の長い回答の間、椅子に座って足を放り出し、あくびをかみ殺している。 3時間半近くが経過したところで、司会を務めるペスコフ報道官は有力紙「コメルサント」のアンドレイ・コレスニコフ記者を指名した。 コレスニコフ氏は、プーチン氏からは遠く離れた上手の後段に席からこう質問した。 「ウラジーミル・ウラジーミルビッチ(プーチン大統領の父称)、戦争からほぼ3年が過ぎました。この間に私たちは誰もが、大きく変わりました。戦争はすべての人を変えたのです。あなたの中では何かが変わりましたか?自分自身で気付いていることはありますか?」
■「順調と言えるのか…」地方の女性との会話
質問を聞いて「はっ」とした。 数日前に交わしたある女性との短い会話を思い出した。それはコレスニコフ氏が指摘するように、ロシア人もまた戦争によって誰もが変わってしまったということを痛感した出来事だった。 モスクワの東およそ700キロに位置するチュバシ共和国を訪れた時のことだ。 首都チェボクサルの博物館のチケット売り場の女性と客がなにやら話している。 ただ、ロシア語ではない。全く聞きなれない響きの言語だ。 順番が回ってきたとき、売り場の女性に尋ねた。 「いま話していたのはチュバシ語ですか?」 マリーナさんというその女性は、外国人が興味を持ってくれたのがうれしかったのか、ぱっと華やかな笑みを浮かべた。 「そうです。美しい響きでしょ。ただ、もう孫の世代は話すこともなくなってきたので、少し残念ですけど。そのぶん、チュバシ語を知らない人の前では、『秘密の会話』ができるの。素敵でしょ。あなたはどこから?」 この会話をきっかけに世間話になったので日々の生活について尋ねてみた。収入はモスクワよりも格段に少ないはず。急激なインフレに直面しているが生活は大丈夫なのだろうか? 「インフレは大変です。ただ、モスクワほど激しくはありません。わたしが買うものといったら食料品くらいですが、それもまだスーパーの棚に並んでいますので、問題はありませんよ」 輸入品は減り、あらゆる商品の価格は高騰しているが、深刻な品不足に陥っているわけではない。つつましい生活を送っている限り、大きな変化に直面していることはないようだ。 「では、すべて順調なのですね?」 何気ない相槌のつもりだった。しかし不意にマリーナさんの表情が固まる。 「順調…順調といえるのでしょうか…」 「どういうことですか?」 マリーナさんは、とても小さく、ささやくように言った。 「息子が前線に行っているのです」 それ以上は多くを語らなかった。 戦争に反対したり、プーチン政権の意向に反していると受け取られたりすれば、ロシアの安定を脅かそうとしているとして、弾圧の対象になる。だから多くの市民は、戦争について触れること自体を避ける。 息子が戦争に行っている不安や悲しみの気持ちを人に伝えることすら許されない。そんな同調圧力がロシア全土に暗い影を落としている。 街頭でインタビューをしても「ニュースは見ないことにしているのでわかりません」と答える人がほとんどだ。それがこの国で身を守る唯一の手段なのだ。