名蔵元「黒龍」の酒と郷土料理の相性を愉しむ ── 鶯谷・いっちょらい
JR山手線、上野駅と日暮里駅にはさまれた繁華街・鶯谷。駅を出てすぐのビル2階に居酒屋「いっちょらい」がある。エレベーターを出るとすぐそこが入り口で、木目を基調とした落ち着いた空間が広がる。腰の高さほどの石灯籠の横を抜けると、すだれや格子で仕切られた半個室が用意されていた。
店名の「いっちょらい」は、福井の方言で、「一張羅(いっちょうら)」を指す。「一着しか持っていないとっておきの服」という意味だが、同県旧松岡町(現・永平寺町)にある日本酒の蔵元「黒龍酒造」を代表する銘柄の一つでもある。 黒龍酒造は、創業文化元年(1804年)の歴史ある酒蔵で、初代蔵元の名を冠した「石田屋」「二左衛門」といった、“至高の吟醸酒”とも呼ばれる銘酒を思い起こす愛好家も多いだろうが、「いっちょらい」は、そんな気高さとは違った、ちょっと仲の良い友人らと集まった時に飲むとっておきの日本酒として、日常のさりげなさをまとっている。 「いっちょらい」は、白山山系の伏流水を仕込水に用いた精米歩合55%の吟醸酒。さっぱりとしたうまみが持ち味なので、適度に冷やして飲むのがおすすめだ。初夏から盛夏にかけては、味わいはことさらだろう。キレだけだなく、吟醸酒らしい芳香も漂う。
店名が福井方言に由来することから分かるように、この店は福井の地酒と郷土料理が自慢。黒龍をはじめ、一本義や梵など福井の地酒のみ約30銘柄を取り揃える。福井市出身の女将立石幸子さんが「福井の酒と福井の料理は相性がいいはずですよ」と言いながら、出してくれたのが「浜焼き鯖」と「まるごと福井コース」の前菜7種盛りだ。 浜焼き鯖は、若狭の名産品。脂の乗った鯖をまるごと竹串に刺し、遠火強火で焼いたもの。生姜醤油と大根おろしでいただく。パリっとした皮とふわっとした身が、いっちょらいの甘からず、辛からずのさらっとした味によく合う。店で鯖を焼こうとしたが、焼き加減と味が再現できず、小浜市の名店・田村長から取り寄せているという。 前菜7種盛りは、鯖のへしこ、たらこの旨煮、たくあんの煮たの、丸岡・竹田の油揚げ、小鯛の笹漬けなどが一皿に盛られている。鯖のへしこは、鯖をぬか漬けにして発酵させた酸味の効いた珍味。若狭でよく食されるが、10数件の店のへしこを取り寄せるなかで、「私の口に合う」とわざわざ越前・三国町産を選んだ。大根のスライスと合わせて食べることで、塩気が分散され、シャキシャキとした食感も楽しめる。「これだけで酒が飲める」と評判だ。