7人制ラグビーリオ五輪代表 人気3選手落選の裏側
日本ラグビー協会は、7月17日、8月のリオデジャネイロ五輪に出場する男子7人制日本代表(男子セブンズ代表)の内定選手を発表。現在、鹿児島での強化合宿をおこなっている16名のうち12名が選ばれ、選手村の外でアクシデントに備えるバックアップメンバーは追って決まることとなった。 ファンにとっての驚きは、3人の花型選手が外れたことだ。山田章仁、藤田慶和、松井千士の3名である。 山田は昨秋のワールドカップイングランド大会の15人制代表として活躍し、今年5月までは日本のサンウルブズの一員として国際リーグのスーパーラグビーで9トライをマーク。同じくイングランド組の藤田は10代の頃から7人制代表、15人制代表に親しんできた闊達なランナーだ。さらに松井は唯一の大学生選手で、50メートル走5秒7の快足と甘いマスクが注目されていた。 さらに一部の関係者が憤っているのは、落選までのプロセスである。 チームは6月29日に日本選手団14名を発表している。今度の3人もこのリストに加えられ、記者会見や家族を招いての壮行会に参加。別紙で記された6名のバックアップメンバーとは違い、対外的には「ほぼ確実に五輪に出る人」と目されるようになっていた。 ところがふたを開けてみれば、3名が外れた枠にはバックアップメンバーの1人である豊島翔平が加わっていた。セブンズの経験が豊富な豊島の選考が議論となる以前に、6月29日の発表は何だったのかという疑念が渦巻くようになったのだ。 白状すれば、筆者は今季、セブンズ代表を十分にカバーしていない。それでも当事者たちを過去に取材した経験から、今回の件は一部で報じられた「掟破り」とは異なる様相だと想像する。断ずれば、6月29日の発表で歯車が狂った可能性を否定できない。 某一般紙記者によれば、リオへ渡る約1か月のその時期に選手団が発表されたのは、男女同時に登壇できるタイミングがその日しかなかったためとされる。 何せ、初の五輪正式種目となって迎える日本代表の発表である。メディアでの露出が高まる女子代表と15人制と同様のブレイクが期待される男子代表をいっぺんに公開し、華やかさをもたらしたいとの戦略があっても不思議ではない。 もっとも指揮官にとって、大一番のメンバーセレクションは苦しい作業である。特に男子セブンズ代表は、とりわけメンバーを決めづらいチームだった。 2012年に就任した瀬川ヘッドコーチは、国内クラブとの地道なやりとりからここ数年来で主要メンバーを固定。桑水流裕策キャプテンやレメキ ロマノ ラヴァを軸に、保持したボールを細かく動かす戦法を磨き上げていた。 それでも五輪でのメダル取得のために、指揮官は「ラグビーの能力が高い」と目すイングランド組をリストアップ。その対象が山田、藤田、内定選手となる福岡堅樹だった。 3人が真のジョーカーたり得るかはぎりぎりまで判断しかねそうな事案で、日本協会の定めた6月29日には、当該選手のカットは難しかったろう。豊島ら長らくセブンズ代表を支えたメンバー6名をバックアップメンバーとなり、選手団の14名に「喜び」と「意気込み」を語った。