戦争に翻弄された絵画が所有者遺族のもとへ。ナチスによる文化財略奪に関する長年の調査が奏功
カール・ブレッヒェンの風景画《Valley of Mills near Amalfi》(1830年頃)は、20世紀初頭にドイツ・ベルリン在住のD.H.ゴールドシュミット博士が購入し、彼の息子たちである化学者のオイゲンと出版社を経営するアーサー兄弟が受け継いだ。だが兄弟は、1938年11月9日から10日未明にかけてドイツの各地で発生した反ユダヤ主義の暴動「水晶の夜」の後に自殺し、美術コレクションは甥のエドガー・ムーアに遺贈された。しかし、ムーアは当時南アフリカに移住していたため、コレクションは叔父たちと共有していたベルリンのアパートに留め置かれた。 その後《Valley of Mills near Amalfi》は1942年にゲシュタポに押収され、アドルフ・ヒトラーがオーストリアのリンツに計画していた「総統美術館」のための「リンツ特別委員会」の手に渡った。第2次世界大戦後の1952年、同作はドイツ連邦政府の管理下に置かれ、1960年には国の所有となった。最近では、ドイツのブランデンブルク州コットブスにあるプリンス・ピュックラー美術館に貸し出されていた。 そんな同作がこのほど、何十年にもわたる連邦美術管理局の綿密な来歴調査が奏功し、ムーアの相続人に返還される事となった。これを受けて、相続人の代理人は次のようにコメントしている。 「作品の返還は、一族の歴史にとって非常に重要な出来事です。ムーアの相続人は、オイゲンとアーサー兄弟に対する迫害の結果、美術品略奪が行われたという事実が認められたということに非常に感謝しています」 ナチスによる文化財略奪の調査は、同政権によって虐げられ、命を奪われた人々を追悼するための重要なプロセスだ。ドイツの文化大臣であるクラウディア・ロートはこの件を伝えるプレスリリースで、「ナチスに略奪されたカール・ブレッヒェンの絵画返還の過程で、オイゲンとアーサー・ゴールドシュミット兄弟、そしてエドガー・ムーアがどのように悲しい運命に翻弄されたのか少しずつ明らかになってきました」とコメントした。
ARTnews JAPAN