樋口恵子「封建的で男女差別の激しかった時代に、少女小説で一世を風靡した吉屋信子。〈女は女にやさしくあらねばならない〉の言葉をかみしめて」
◆いつの時代も女は女にやさしく―― 結果的に実現はしませんでしたが、実は私も、吉屋信子について書いてみたいと考えていた時期がありました。 もともと吉屋信子の作品が好きだったし、婦人運動家で国会議員としても活躍した市川房枝さんが「吉屋信子は婦人参政権に理解があった」とNHKラジオで語っていたのを耳にし、興味を抱いたのです。 吉屋信子について調べるうちに、私が若いころに抱いていた印象はがらりと変わりました。昔は、いかにも《女学生の友》めいた、ちょっとなよなよしたイメージでとらえていたのです。ところが実際は、あらゆる困難に立ち向かう勇気と胆力を持ち合わせている、骨太な方でした。 同性愛者だったこともあって、吉屋信子が常々口にしていた「女の友情」が曲解されていた向きもあります。彼女は自分の性的指向とは関係なく、男社会のなかで女性が自分らしく生きるには、女性どうしで支え合わなくてはいけないと考えていたようです。 「いつの時代も、女は女にやさしくあらねばならない」という吉屋信子の言葉は、私の心に深く染み入りました。実際私も、多くの女性の先輩方に支えられてきたおかげで、仕事を続けることができたのですから。
そんなわけで、田辺さんがお書きになった吉屋信子の本が世に出るとすぐに読破し、すばらしいお仕事だと感服。冒頭、足尾銅山の鉱毒事件と闘った田中正造についてかなり詳しく描かれるなど、当時の社会情勢もよくわかります。 ちなみにこの作品の連載を始めたのは、田辺さんが65歳のときだったそう。5年かけて1000ページを超える大著を完成させました。 私は一時期、化粧品メーカーのエイボンが社会のために有意義な活動をしている女性に贈る「エイボン女性年度賞」の選考委員を務めていました。1998年、田辺聖子さんにエイボン女性大賞を差し上げることができたことを、たいへん光栄に思っています。 昨年、中央公論新社から『ゆめはるか吉屋信子』(中公文庫・全3巻)が復刊されました。読み直してみたのですが、明治・大正・昭和と生き抜いた先進的な女性の人生がイキイキと描かれており、ゴシップを含め、文壇模様も面白い。 解説は、上野千鶴子さんが書いておられます。田辺聖子さんという作家を深く知るうえでもおすすめの本です。機会があれば、手にとってみてはいかがでしょう。 (構成=篠藤ゆり)
樋口恵子
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