本はワインのような商品になっていくのかもしれない
本のための「茶室」を用意する
染谷:いや、そこは結構ならないというか(笑)、なりづらいことは確かです。行政の受託事業の範囲だけで終わってしまうと、受託費は少ないし、手間数が多いしで、ビジネスは疲弊してしまいますね。 ですよね。公共プレイス事業については、どのあたりに収益の可能性を考えていますか。 染谷:まだ開拓の途中ですが、受託してまちづくりに関わったその後、その町や地域が発展する中で、実店舗を出す、あるいは地域事業にプロデュースで入るというように、民間ビジネスに参入していく2段階を考えています。 競合との差別化は、どのようにお考えでしょうか。 染谷:ちょっと変化球の視点になりますが、私自身の体験がヒントになっています。というのは、自分の毎日が仕事と家庭ばっかりで、行き詰まっていた時があり、それを変えたいと思って、子どもと一緒に茶道・裏千家の稽古に月1回、通い始めたんです。本当に体験教室ぐらいのレベルなんですが、茶室に入ると、やっぱりモードが変わるんですね。この季節なら花はこれで、器はこれで、掛け軸はこれだ、みたいなルール、約束事の中にいると、ちょっと背筋が伸びて、深呼吸したくなるんです。 自分が「ひらく」で、本のための場や機会づくりに取り組んでいるのは、本のための“茶室づくり”なのかな、と思いました。 なるほど、面白い。だったら“読書道”ができますね(笑)。日本人が好きそうです。 染谷:AIがこれからどんどん発達して、誰にでもエージェントやセクレタリーが付いているのが当たり前のような感じになったら、スケジュール管理とか、伝達とか、調べものとか、普段やっていることの半分ぐらいは、AIにまかせられますよね。そこで余剰の時間ができた時に、もう一度、本の出番が来るんじゃないかと私は期待しています。 その時は、AI以前に本が持っていた価値、意味はまた変わってくるのではないでしょうか。 染谷:これは今も肌で感じているのですが、本は生活必需品ではなくて、明らかに嗜好品になっていくと思います。 そうか。昭和時代に育った私は、本は「これがなければ生きていけない」ぐらいの生活必需品的なものでした。日本で本が一番売れた1970年代から90年代では、日本人はみな、ほぼそういうふうに思っていたのではないでしょうか。 染谷:私自身も子どもの頃は、実家の近くに図書館があって、小学生の時からそこに通った思い出が、強く記憶に刻まれています。たぶん、紙の本というものに思い入れを持つ最後の世代ではないかと思いますが、ただ、親の世代が持っていた「本を読むべし」とか「本はエラい」という価値観ではなくて、音楽や映画や、そのほかの娯楽の中に本もある、というフラットな捉え方をしているかもしれません。 生活必需品と嗜好品との間に、さらにグラデーションがあるわけですね。