“引き出し屋”に1300万円で望みを託した母の闘い ひきこもりの息子は遠く離れた地で亡くなった
手渡されたパンフレットには、共同生活やカウンセリングなどを経て1人暮らしや就労につなげるというカリキュラムが掲載されていた。そこで職員から言われた「行政は何もしてくれなかったでしょう。彼らにはノウハウがないから」という言葉が、藁にもすがる思いだった松本さんにとって、契約を決心させる決定打となった。 それからほどなくしてあけぼのばしの職員5人が自宅にやってきた。悠一さんを連れ出すためだ。施設入居のことは悟られないようにと、事前に強く指示されていた。職員が2階の悠一さんの部屋に入ってから約30分後。悠一さんが階段を降りてきた。職員の1人から、説得の途中で泣き出したと教えられた。玄関で「がんばってこいな」と声をかけたが、悠一さんは下を向いたまま。部屋の窓から、施設の車両に乗り込む背中を見ると松本さんもまた涙があふれた。そしてそれが最後に見た息子の生前の姿となった。
入居後は毎月悠一さんが書いたという日誌のコピーが送られてきた。ハローワークに通い始めた様子がうかがえる一方で「警備の仕事がダメになってしまい、涙が止まらなかったです」「気持ちが焦っています」といった記載もあった。松本さんは心配で頻繁に施設に電話をかけたが、職員から「お母さんは過保護すぎる。がんばっている悠一くんに失礼だ」ときつく叱責されてしまう。以降は電話も控えるようにしたという。 松本さんには忘れがたい出来事がある。あるとき職員が「経過報告」として携帯動画を見せてきた。そこにはその職員が悠一さんに対し「お母さんは900万円も出しているんだから、悠一くんもがんばれ」と“説教”している様子が映っていた。松本さんは「なぜお金の話なんてするんですか!」と抗議したが、職員はきょとんとした様子。松本さんは「悠一がこれ以上家族に迷惑をかけられないと誤解してしまう」と懸念したのだ。それでも仕事探しを始めたことは“成果”にも見えた。契約を打ち切る決断まではできなかった。