ラスベガスで年間最優秀KO賞の劇的勝利! 喜びを爆発させる中谷潤人に師匠ルディ・エルナンデスは静かに諭した
現在、日本ボクシング界は7人の世界王者がひしめき、さらにこれから世界を狙う逸材も豊富にそろうなど、黄金期ともいえる時代だ。そんな中、異色のボクシング人生を歩んできたのが、2月24日(東京・両国国技館)、バンタム級に転向して世界3階級制覇に挑む中谷潤人(じゅんと=26歳、M.Tボクシングジム)だ。 【写真】中谷の強烈な左ストレート 中学卒業と同時に単身渡米し、今も日本とアメリカを行き来してトレーニングを積む中谷に、昨年末から密着取材した。(全5回の4回目) ■「ルディの言葉は心に響きました」 ボクシング、プロレス、総合格闘技などあらゆるジャンルの名勝負が誕生してきたネバダ州ラスベガスにある格闘技の殿堂、MGMグランド・ガーデン・アリーナ。2023年5月20日、この日のメインイベントは4団体世界ライト級統一王者のデヴィン・ヘイニーに、元世界3階級制覇王者のワシル・ロマチェンコが挑戦するビッグマッチだった。 そしてセミファイナルでは、中谷潤人vsアンドリュー・モロニーのWBO世界スーパーフライ級王座決定戦が組まれていた。 試合は2ラウンドと11ラウンドにダウンを奪うなど中谷が終始支配し、迎えた最終12ラウンドに大きく振りかぶる死角からの左フックでモロニーをキャンバスに沈めた。 アメリカで最も権威のある専門誌『ザ・リング』の2023年の年間最優秀KO賞に選出されるほどの衝撃的な幕切れ。メインイベントのヘイニーvsロマチェンコ戦を目的に来場していた1万4436人の観客の心を鷲掴み、熱狂させた。 日頃は勝利しても落ち着いた姿勢を崩さない中谷は珍しくリングを駆け回り、右拳を上げて喜びを全身で表現した。しかしコーナーに戻ると、トレーナーのルディ・エルナンデスからは冷静な表情で、耳元で静かにこう諭(さと)された。 「ジュント、相手あってのボクシングだ。倒されて起き上がれないでいるモロニーや彼の家族の気持ちを思いやらなければ」と。 「ルディの言葉は心に響きました。本当にそのとおりだと思って。渡米したばかりの頃から憧れていたラスベガスの大きな舞台に立つことができて、しかもああいうシーンを生み出せたことで夢見心地になっていました。相手に対する尊敬や思いやりに欠けた行為だったと反省しました。 同時に、ボクシングだけでなく人として大切なことを教えてくれるルディの存在が自分にとっていかに大きいか、感謝しなければいけないと改めて実感しました」(中谷) 憧れの大舞台で年間最優秀KO賞に選ばれるほどの見事な勝利を収めて喜びを爆発させたとしても、おそらく誰も責めたりはしないはずだ。むしろ喜ばないほうが不自然だ。ただ、ルディは少し違った。もちろん愛弟子の劇的な勝利は心から嬉しかったに違いない。しかし、相手への感謝や敬意を優先させたのだ。ルディのそうした考え方は弟、ヘナロと共に過ごした時間の中で学び、培われたのかもしれない。 ■メイウェザーが泣き崩れた日 WBA、WBCでスーパーフェザー級のベルトを腰に巻いたヘナロは「チカニート(メキシコ移民の子)」という愛称と同時に、「ミスター・オネスティ」と呼ばれた紳士的な人物で、誠実な人柄を表すエピソードは数多い。