本当は怒ってよかったんだと気づくことがいっぱいあって…作家・寺地はるなと原田ひ香が語った創作の一端
寺地はるなさんの新刊『いつか月夜』が刊行された。 自分は社会に向いていないと、迷いを抱えながら生きる主人公が確かな一歩を踏み出していく姿を描いた一作だ。 先駆けて読んだ原田ひ香さんは「これまでで一番好き」と語った本作の誕生のきっかけや登場人物に託した思い、また、執筆に際して感じる日頃のあれこれを語り合った。 ***
◆寺地はるなさんを初めて読む最初の一冊にお勧めの新作
――原田さんは寺地さんの小説をよく読まれるそうですが、新刊『いつか月夜』の感想をお聞かせください。 原田ひ香(以下、原田) 好きだなと思いました。これまでで一番好きかも。同じようなことを前にも言った気がするのですが、読むたびに更新されてしまうので(笑)。でも、それくらい素晴らしかったです。寺地さんを知る最初の一冊としてもおすすめしたいですね、寺地さんらしさが凝縮されているので。 寺地はるな(以下、寺地) 今回は締切などの制約もなく、自由に書かせてもらうことができました。それもあって、仕事というより、自分の楽しみのために書いているという感じがありましたね。 原田 設定がすごくいいですよね。夜歩く話ですけど、どんなところから生まれたのですか? 寺地 男性を主人公にしようとだけは決めていて、たまたま仕事で訪ねた書店に實成さんという名前の書店員さんがいらしたんです。すごくいい名前だなと思って、使っていいですかと。 原田 それで主人公は實成くんに。ホント、いい名前ですね。 寺地 その帰り、もう夜になっていましたけど、タクシーに乗りながら、夜歩けたらいいんだけどなぁなんてことを考えていました。私、朝歩いているんです、今日はあの場面を書いてとか考えながら。本当は夜歩きたい。紫外線も気にしなくていいし。でも怖いしなぁと。で、そうだ、小説で書こうと。そこからですね。 原田 實成くんは最初は一人で歩いていますが、だんだんと仲間が増えていって、関係性が深まっていく。その過程では、みんなが胸に秘めた思いを少しずつ言葉にしていって。私は小説というのは、人が変化していく姿を書くものなのかなと思ってるんです。成長という言葉だけでは表せないものもあり、人が流れていく様と言っていいのかもしれませんが、そうした姿がとても自然に表現されているなと思います。ちなみに、主人公を男性にしようと思われたのは理由が? 私は男性を主人公として描くのは苦手意識があるんです。 寺地 女性の主人公が続いていたので、そろそろ男性にしようかと。そのくらいの気持ちだったと思います。ただ私も最初の頃は勇気がいりました。男性はこんなこと言わへん、こんなやつはおらへんと言われるのではと思ってしまって。でも性別よりも、その人がどんな人か、ということのほうが大事だと思えるようになりました。 原田 私も苦手意識があると言いつつ、男女差よりも個人差のほうが大きいと思っています。それだけに、實成くんという主人公は魅力的でした。 寺地 リアルな男性像でもなく、理想的なというわけでもなく。本当にこういう子はいるだろうと思って書いていました。意識したとすれば、相手を必ず“さん付け”で呼ぶことでしょうか。 原田 猫にもさん付けでしたね(笑)。これはほんの一端としても、實成くんの言動にはその人が持っている正しさ、正直さみたいなものを感じます。寺地さんの小説に貫かれている部分でもあって、そのままでいい、まっすぐ生きていいんだよと言ってくださっている気がします。 寺地 自分が当たり前だと思ってなんとなく飲み込んできたことが、本当は怒ってよかったんだと気づくことがいっぱいあって。そうしたものが今回はより出たのかなと思います。同じように、實成くんはまじめだと言われるけれど、それのどこが悪いと思うわけですよね、悪口の意味だと指摘されて。まじめであることを否定するのは違うんじゃないかと最近すごく思います。 ――そのまじめさは生活にもよく表れていて、ゴミの分別もきちんとするし、料理動画を見ればその説明通りに作ろうとします。 寺地 自炊するのは、自分の生活を大事にしているタイプなんだろうなと思ったからです。食べるって、生活の大事な部分じゃないですか。それに自炊なら、好きなものを好きなように食べられる。そんな欲望みたいなものもちょっと書きたかったですね。