近い将来「生理をなくす」選択肢が一般的に? 生理用品史の研究者がフェムテックブームの社会的背景を分析
フェムテック元年とよばれる2020年以降、ナプキンとタンポンが主流だった生理用品のバリエーションは激増。メディアで取り上げられる機会が増えたことで生理について語りやすくなったり、男性にも生理の知識が求められるようになるなど、生理をとりまく状況・環境は大きく変化しました。「今は過渡期です」と語る『生理用品の社会史』の著者、田中ひかるさんに、フェムテックブームの背景から、これから目指すべきゴールまでを聞きました。 【写真】世界の生理事情
■欧米から始まり、国や自治体が後押ししたフェムテックブーム ――フェムテック元年と言われる2020年から、生理用品の選択肢が増えました。そもそも、なぜフェムテックブームは起きたのでしょうか? 田中先生:欧米諸国のフェムテックブームが、一足遅れで日本に入ってきました。国や自治体が中心となり、その推進に力を入れていることも大きいと思います。そもそも人口の半分は女性ですから、そこには大きな市場があったのです。生理用品もフェムテックの一部ですが、例えば吸水ショーツはここ数年で愛用者がとても増えているようです。 『生理用品の社会史』の文庫版が発売された2019年のイベントで吸水ショーツを紹介した当時、まだ国産のものはありませんでした。ほどなくして国産のものが発売され、『ユニクロ』など大手メーカーも次々と参入しました。月経カップや月経ディスクも国産のものが発売され、手に入れやすい価格帯のものが増えました。 ――当時すでに快適なナプキンがそろっていましたが、それ以外の生理用品を使う人が増えたのはなぜでしょうか? 田中先生:販売メーカーが増えたことによって、それまで高額だった吸水ショーツや月経カップなどが、リーズナブルに手に入るようになったからだと思います。月経カップを例に挙げると、日本ではフェムテックブームとともに広く知れ渡るようになりましたが8年ほど前までは日本製のものがなく、インターネットで販売されていた外国製のものは5000円前後しました。 実際に便利かどうかもわからない生理用品に5000円を払うのは、もったいない気がします。でも今は、品質のよい製品を数千円で買うことができますし、お試し用の廉価なものもあります。 ■近い将来、「生理をなくす」という選択肢がもっと一般的に? ――現在は、かなり多くのメーカーが吸水ショーツを販売するなど、フェムテックブーム以前と比べて生理用品の選択肢が増えました。2024年の現状について、田中さんの解釈を教えてください。 田中先生:現在も、生理用品としてナプキンを使用している方が最も多いです。日本はもともとタンポンの使用率が低いので、そこから月経カップへ至るのはハードルが高いということもあり、カップやディスクを使っている方は少ないです。吸水ショーツについてもそうですが、情報が少ないということもあるでしょう。 意外と若い人のタンポン使用率が低いのですが、その理由として、ナプキンの性能がよいので必要ないということや、教育現場で、生理のときは無理をせず、水泳授業の欠席を認めるということが当たり前になりつつあるということが挙げられます。 ――ちなみに、低用量ピルやミレーナ®※などの浸透率はいかがですか? 田中先生:低用量ピルやミレーナ®で、生理をコントロールする人は、年々増えていますね。「生理をコントロールすることは自然の摂理に反している」という考え方もありますが、実は、現代の日本の女性たちの月経回数は、人類史上最も多く、むしろ不自然だとも言えます。 医学的に生理をコントロールすることについては意見が分かれますが、もし不調があるなら、まずは婦人科へ行って診察を受けるべきでしょう。 ※子宮内に挿入する避妊器具。高い避妊効果に加えて、生理が軽くなる効果もある。効果は約5年続く。 ■フェムテックブームは、今後どう展開していく? ――田中さんの著書にも、ナプキンの開発後、その技術を用いたおむつの開発が進んだと書いてありました。少子高齢化が進み、生理用品の売上がますます減少するであろう今後、どのような商品が進化すると考えられますか? 田中先生:現在のフェムテックブームの中で、特に目立つのが、更年期世代を対象とした商品を扱う企業が激増していることです。それにともない、「生理」に続いて「更年期」についても語りやすくなってきたように感じます。女性が不調を我慢せず、口に出しやすくなったということは、とてもよいことですね。 ――近年は男性向け生理セミナーを開催する企業が増えるなど、男性が生理について知ることも重要視されるようになってきています。それによって、社会の雰囲気や個々のパートナーシップは変化していると感じますか? 田中先生:男性に向けた生理セミナーの内容は、慎重に考えたほうがいい部分もあります。 例えば、生理痛を体験できる機械がありますが、そもそも生理のつらさは腹痛に限らず、気持ち悪さや頭痛、腰痛など、さまざまです。生理痛がまったくない人もいれば、生理前の方が調子が悪い人もいます。そもそも、誰かのつらさを身をもって経験しないと、思いやりをもてないというのは、おかしいです。 それよりも、生理による不調は個人差が大きいということや、医学的に解消する方法もあるということを伝えたり、生理痛に限らず体調の悪い人が休みをとりやすい環境を整えたりする方が、有益ではないでしょうか。 ■フェムテックブームが「生理の貧困」対策への追い風になることを願って ――フェムテックブームが続く一方で、近年では、生理の貧困が問題視されていますね。田中さんがこれからの社会に求める、生理用品のあり方や、生理用品に対する意識を教えてください。 田中先生:生理用品は進化し、生理自体もコントロールできる時代になりました。しかし経済的な理由やネグレクトで、生理用品を入手できない方も大勢いらっしゃいます。また、生理用品や生理の不調を解消する方法についての情報が得られずに苦しんでいる方もいらっしゃいます。 「生理の貧困」という概念が生理用品の不足だけでなく、生理にまつわるあらゆる問題を含んでいるととらえ、その解消を目指すことが大事です。フェムテックブームがその追い風になればよいと思います。 また、今日「フェムテック」と呼ばれるものは玉石混交です。女性たち自身が情報を精査し、玉なのか石なのかを判断していくことが肝要です。 こちらもチェック! ▶昔は経血の処置、どうしてた?「生理用ナプキン」が登場する前まで ▶生理の歴史は女性の社会進出の歴史!月経が“禁忌”から“当たり前”になるまで 歴史社会学者 田中ひかる 1970年、東京都生まれ。女性に関するテーマを中心に、執筆・講演活動を行う。著書に『明治を生きた男装の女医 高橋瑞物語』(中央公論新社)、『生理用品の社会史』(角川ソフィア文庫)、『「毒婦」和歌山カレー事件20年目の真実』(ビジネス社)、『明治のナイチンゲール 大関和物語』(中央公論新社)などがある。 イラスト/minomi 取材・文/中西彩乃 企画・構成/木村美紀(yoi)