なぜ西野朗氏はタイ代表監督就任を決断したのか?
しかし、タイ協会は今年に入って迷走気味だ。1月のアジアカップのグループリーグ初戦でインド代表に1-4で惨敗した直後に、セルビア人のミロヴァン・ライェヴァツ監督が解任された。暫定的に指揮を執ったシリサク・ヨディヤタイ・アシスタントコーチも、6月のキングスカップ準決勝でベトナム、3位決定戦でインドに連敗を喫したことで退任。代表監督の座が空位になっていた。 「まずはタイサッカー界の現状を、深く理解しなければいけない。すでにリーグ戦が開幕したなかで各チームへ足を運び、選手たちを視察することを含めて、作業量が非常に膨大になると思う」 文化や風習、何よりも言語が異なる海外での指導においては、通訳の力量が極めて大きなウエートを占める。日本語が堪能なだけでなくサッカーにも精通していて、あうんの呼吸で仕事ができる通訳を見つけられるかどうか。ましてや、西野氏自身、通訳を介してチーム全体を動かした経験がない。 「どれだけ意思の疎通を図れるか、という点が本当に大変になる。信頼関係を構築していくなかで、ニュアンス的にも正確に伝わるとは思わないし、その意味では言葉のハンデは間違いなく存在する。それでもサッカー観や目指すものを共有して、情熱をもって選手やスタッフに伝え切っていく指導方法を、自分のなかでしっかりと確立していかなければいけない」 昨年4月に日本代表監督に急きょ就任したのは、コミュニケーションが悪化しているという理由で、日本サッカー協会が当時のヴァイッド・ハリルホジッチ監督を電撃的解任。代表監督をサポートする立場だった、技術委員長の西野氏に白羽の矢が立てられたからに他ならない。 立場が180度変わり、今度は自らが外国人監督となる。コミュニケーションを取ることの大変さと大切さを熟知しているものの、現時点ではコーチをはじめとして、自身をサポートする日本人スタッフを入閣させる予定はない。会見から一夜明けた20日に、まさに裸一貫で新天地へ向かう。 「すべての国が目標をもって、サッカー界を走らせている。私もそのなかに、タイサッカー界のなかに入っていって一助になりたい。勝負の世界なのでいろいろな結果が出ますけど、チャレンジを繰り返しながらチームと選手のグレードをあげていく喜びを味わえることは、指導者冥利に尽きると思う」 東南アジア勢がワールドカップの舞台に立ったのは、オランダ領東インド時代のインドネシアが出場した1938年のフランス大会しかない。来年1月にタイで開催予定の、東京五輪アジア最終予選を兼ねたAFC・U-23アジア選手権を含めた待ったなしの戦いへ。目の前にそびえるハードルが高く険しいほど、名将の胸中に灯った炎は勢いよく燃え盛る。 (文責・藤江直人/スポーツライター)